デート
『オランピア』では、マネお気に入りのプロのモデル、ヴィクトリーヌ・ムーランがポーズを取っている。マネは、ヴィクトリーヌの裸体を美化することもなくありのままに描いた。臆することも媚びることもないそのまなざしは、決して微笑んでも恥じらってもいない。
しかも“オランピア”は、カミーユでさえ知っている娼婦を指す隠語だ。神話の中の女神ではなく、現代パリの街に生きる娼婦を美化することもなくありのままに描いた絵。アカデミーが先導してきた従来の観点からいえば、それは“大変けしからん”絵だった。そのとき、カミーユたちの前に立っていた男が、小声で隣の男に話し掛けた。
「えらい言われようだな、エド。こりゃまた大騒ぎになるぞ」話し掛けられた隣の男も辺りを憚るように小さな、しかし、いかにも不本意だという声を出した。
「アンリ、からかうのはよしてくれ。僕はアカデミーに挑戦してるわけじゃないんだ。ありのままを絵にしているだけさ。僕がこの絵で描きたいのは神話じゃないんだよ」
「しかし、さすがのヴィクトリーヌも今回ばっかりは外に出られなくなるんじゃないか。娼婦の汚名を着せられたんじゃあな」
「いや、ヴィクトリーヌは自由な魂を持った正真正銘のパリジェンヌだ。あの、何ものをも怖れない目をして、どこへでも出掛けて行くさ。それに、彼女はポーズを取るときは至って辛抱強いんだぜ。画家にとっては願ってもない。僕はこれからもたくさん描くよ」
男たちの会話が一瞬途切れた。そのとき、隣で静かに興奮していたはずのクロードが、突然話し掛けたのだ。
「ムッシュー・エドゥアール・マネ……ですか?」