発達障害の子どもたち ─あるがままを認めプライドをはぐくむ─

昆虫博士

初夏のある日、小学校二年生のS君が母親に連れられ、気乗りのしない様子で診察室に現れた。

母親に受診理由を聞くと、勉強への意欲に乏しく、宿題をいくら促してもやらないという。

学校では発達特性を有する子として扱われているらしく、大目に見てくれてはいるものの母親には何とももどかしかった。

不満げに語る母親に一言聞いてみた。

「ところで、S君の好きなものは何でしょうか」

「昆虫が好きです。いつも虫探しをしています」

そこで、浮かぬ顔のS君に語りかけた。

「昆虫好きなんだってね」「うん……」

と視線を伏せたままうなずく。

「そうか、虫が好きなんだ。セミも好きなの?」

「好きだよ」

とチラッとこちらを見上げた。

「ちょっと教えてほしいけどさぁ、今、盛んに鳴いているセミは何というセミなの?」

「ニイニイゼミだよ」「へ~そうか、ニイニイゼミか、このあと、どんなセミが鳴くのかな?」

「クマゼミが鳴くよ」

「ふ~ん、君はよく知っているね! すごい! チョウチョウも好き?」

「好きだよ」

「でもチョウチョはもともと毛虫だよね、毛虫も好きなの?」

「(ニヤッと笑い)チョウチョは青虫からなるよ。毛虫がなるのは蛾……」

「蛾か、君はよく知っている! すごい! 昆虫博士だ!」

S君は一瞬嬉しげな表情を見せた。

「ところで勉強は好き?」「(黙って首を振る)」

「勉強は必要だと思うの?」「(うなずく)……」

「勉強しようと思ってもわからないの?」「(うなずく)……」

「授業で先生の話を聞いて意味わかる?」「わからない……」

「何言っているかわからないの」「わからない……」

「話を聞こうとしても別のこと考えてしまうのかなー」「そうかも……」

「じゃ、家で宿題しようとしてもわからないからできないの?」「(うなずく)……」

改めてS君の特性について母親に聞くと、じっとするのが苦手、本読みも苦手。物忘れもひどく、集中力がない、音にも敏感。ただ、昆虫にだけは夢中になれるという。

母親には次のように説明した。

授業の内容が把握できないため、帰宅して宿題をやろうにもやりようがない。宿題自体を忘れてしまっている。発達障害の可能性があるが、穏やかでおとなしいタイプのため通常学級の在籍になっているかもしれない。担任とよく相談して、支援学級の対象にならないかどうか相談してみてはと伝えた。

母親は最後にこうつぶやいた。

「学校の勉強がわからないなんて知りませんでした……」