「便移植」について

最近のトピックスでは、「便移植」についても興味があります。初めて「便移植」という方法を知ったときは、私も正直「えっ?」と感じました。

誰でもそうかもしれませんが、他人の便を自分に取り入れるというのは、この方法が一般に認識されるまでは、なかなか勇気がいるものかもしれません。しかし、腸内環境を整えることの重要性は認識していましたので、すぐに「なるほど」と感じたものです。

便移植とは、健常な人の便から取り出した腸内細菌を、腸内細菌のバランスの乱れが起きたことによって病気を発症した患者さんに与えることで、細菌叢のバランスを取り戻そうという発想から生まれた一種の治療法です。「腸内細菌療法」とか「糞便微生物移植」などとも呼ばれています。

私たちの体内にすみついている微生物は、絶妙なバランスで共生関係を保っています。中でも腸内細菌は人の体の細胞と同じだけの細胞数があり、遺伝子の数はその数十倍に及ぶ種類がありますから、腸内細菌全体で一つの臓器といっても過言ではないくらいです。

そのため腸内細菌のバランスが崩れると、さまざまな病気を発症することが近年の研究で明らかになり、「腸内フローラ(腸内細菌叢)」という言葉がメディアなどでしばしば取り上げられるようになりました。

腸内フローラ(腸内細菌叢)を形成する多様な腸内細菌は便にも混じっていて、水分を除けば3分の1を占めるので、便移植法は腸の疾患だけでなく、細菌叢との関連が指摘されている糖尿病、がん、動脈硬化、アレルギー性疾患、肥満、さらにはリウマチや自閉症などさまざまな心身の健康と深く関わっていることが明らかになりつつあり、それらの疾患の治療法としても注目され始めています。

しかし、詳細についてはまだまだわかっていないことが多いというのも事実です。一方、アメリカではすでに難治性の腸管感染症の有効な治療法として実施されており、日本でも潰瘍性大腸炎の治療に活かせるのではないかということで、順天堂大などいくつかの大学が2014年ごろから臨床試験に取り組んでいます。

腸内環境は調べれば調べるほど健康と深くかかわり合っていることに気づかされます。腸内細菌は、私たちの健康に必要な多くの活動を行っている存在です。そんなかけがえのない腸内細菌を殺したり、活動を鈍らせたりするのが抗生物質や食品添加物です。

ですから、漠然とした抗生物質の投与により腸内細菌叢のバランスを崩したり、今日のような過剰な抗菌習慣により腸内細菌叢を過保護にしてしまうことは、腸内フローラの多様性を減少させ、さまざまな疾病を招くことにつながるおそれがあります。健康を維持していくうえで腸内細菌を整えておくことの重要性が、今後ますます認識されるようになるのではないでしょうか。