メンバー
9月の世広台地は、空が高くなり、時折気持ちいい涼しい風が吹くようになる。
田んぼの稲も少しずつ稲穂を実らせていき、緑から黄色へ変化していく。うるさかったミンミンゼミやアブラゼミの声も聞こえなくなり、夕暮れにかけてツクツクボウシが存在感を見せ始める。汗をかく量も減り、運動しやすくなる。
秋は由大にとって好きな季節だ。
「おっす!」
「ヨッシー、おはよう」
今日は2学期の始まりだ。
「原先生の手術はうまくいったんかな?」
「多分ね。何にも話が伝わってこなかったから大丈夫だったんやないかな」
「例の感想文、泉はどう書いた? うちで話したら、お父さんとお母さんは臓器提供を希望するって言っていたよ。僕も提供する方に希望したんだけど、お姉ちゃんが泣いてしまって、結局、話がまとまりきらんかったんよ。希望する人がおっても、家族がそれに賛成しきっていない、っていう感じじゃね」
「私の家も、同じような感じや。お父さんもお母さんも臓器を提供することを希望したわ。私も、誰かのために役立ちたいって思ったら、提供したいって思ったの。両親同士はお互いの考えを尊重する、って言っていたけど、いざ私が脳死になったら、という話になった時には、考えたくないとか、その時になってみないと分からない、って言っていたわ。
反対に、生きるために臓器移植が必要となった時には臓器を下さい、って思ってしまうんやけどね。欲しいのにあげられない、ってちょっとおかしいな、って思っちゃったの。だから、お父さんお母さんには、もしもの時には、私の最後の願いだと思って叶えさせて、って言っちゃった」
「よう言うたな」
泉は家族との話し合いの中で、きちんと自分の考えを持って、対等に、本音で意見交換をしていた。今回の話し合いは、臓器移植の是非を考えることではなく、大切な家族と本音できちんと意見を交換することが大事なんだと改めて気付かされた気がした。
幼い頃からずっと一緒で、ずっと同じだと思っていた泉が、中学生になってどんどん大人びていく姿に、由大は自分との成長の差を感じずにはいられなかった。
秋になると駅伝部は本格的にロードの練習を始める。
住田先生が作った練習メニュー通りにロード練習をこなしていく。他校と比べて世広中学駅伝部は少人数だが、少人数であるが故に、マネージャーを含めてみんな仲が良かった。
今日の5km走は、3グループに分かれて走ることになった。はじめの1kmはアップみたいにゆっくり走るが、次の1kmは徐々にペースを上げていく。2km地点からは最後尾の人が先頭に立つようにダッシュするという走り方になる。これが結構きつい。そして、最後の1kmは学校まで続く上り坂をラストスパートしていく。
汗をかくことは減るとは言っても、さすがにこのロード練習が終わると汗びっしょりになる。
「お疲れさん」
練習が終わった後、泉が由大と正にタオルを渡しながら声を掛けた。二人ともぐったりしている。
「私ね、暑い夏が過ぎて、ちょっと涼しくなるこの季節が一番好きなの」
「なんで」
「私はそんなに運動が得意じゃないでしょ。そんな私でもこの季節は運動したくなるのよ。あと、食欲の秋とか読書の秋とか言うやんか。いろんなことをやりたくなる気がするの。それと、実は、私の一番好きな花が咲くのがこの季節なの」
「何の花?」
「リンドウよ。知ってる? あぜ道なんかにさりげなく咲いている、あの青紫色の小さい花だよ。ちなみに、花言葉は"悲しんでいるあなたを愛する"。主役じゃない慎ましやかな姿だけど、ちゃんと芯を持って生きている、っていう感じがするの」
「よう知っとるね」
由大も正も妙に感心してしまった。
「ちなみに俺は、ひまわりが好きじゃな」
正が言うと、すかさず泉が、
「ひまわりの花言葉は"私はあなただけを見つめる"だよ。誰を見つめるん?」
「えっ! そんな花言葉なの!? ちょっと恥ずかしいのぉ」
大笑いした後、3人は帰り仕度を始めた。地区大会まであと2週間。この時期になると、みんな駅伝メンバーになることを意識してくる。例年3年生主体のメンバーだが、負担の少ない区間に関しては1、2年生がメンバー入りすることもある。