「よし、キャッチボールやるか」
「キャッチボール?」
「うん。このグローブを手につけてみろ」
永吉は自分がやってきた野球を我が子に教える事が、叶えたい夢の一つだったのだ。永吉は、グローブと軟式の野球ボールを二人にプレゼントした。
永吉から渡された子供用の黒色のグローブを受け取り、早速右手に填めた。
「あれ、蓮は右利きだろ? ならグローブは左だぞ」
蓮は、このグローブと呼ばれる大きな手袋でボールをキャッチするのだろう事は想像がついたが、ボールは右手でキャッチするものとばかり思い込んでいた。
「左手? うーん、こうか」
「そうそう」
しかし、こんなに重たい手袋があったとは知らなかったと、蓮は好奇心を膨らませた。
「少し離れてみろ」
蓮は永吉に言われた通り、後ずさりしながら五メートルほど離れた。
「行くぞー。そのグローブでしっかり掴めよ」
「うん」
この手袋でボールを掴むのか。よし、こい! そう心の中で呟いた蓮は、永吉が投げた山なりのボールを目で追いかけた。
「うわあ」
ボールはなんとか重たい手袋の中に吸い込まれたが、すぐに地面へと転がり落ちた。
「お、最初にしてはいいぞ」
その様子を見ていた永吉が、蓮を褒めた。
まだ九歳だった蓮は、グローブでボールをキャッチできるほどの握力が備わってはいなかった。
「よし、今度はこっちにボールを投げてみろ」
よおし。行くぞー。
心の中でそう呟きながら、右手に持ったボールを思いきり永吉の顔を目がけて投げつけた。
「あー」
ボールは見事に永吉の頭の上を越えて、奥にあったフェンスまで転がっていった。
「お父さんごめーん」
「蓮、お前力を入れ過ぎだぞ」
後ろへと転がったボールを取りに行きながら、永吉は突っ立っている蓮に向かってアドバイスをした。
それが、蓮と永吉の初めてのキャッチボールだった。
それから蓮は、三ヶ月に一度、永吉と会える日には必ずキャッチボールをする事が日課になった。蓮にとっては、それが永吉と会う一番の楽しみであった。何故なら、有花とキャッチボールをする事は殆どなかったからだ。
永吉は、いつも蓮を町の野球場や広い公園に連れて行っては、そこでキャッチボールやノックをしたのだった。
それは、蓮が思う理想の父親像だったし、きっと有花も、その心境は同じだったであろう。