三か月前
永吉の姿を見た瞬間、永吉と最後に会った十年前の記憶が走馬灯のように蘇り、急に懐かしい気持ちになった。
その時と比べて今の永吉は、顔の皺も白髪の数も増えているように見える。しかし、やはりこの人が唯一、自分にとって世界に一人しか存在しない父親だ。
その人が今、自分の目の前に存在しているという事に、胸に来るものがあった。
永吉は、右手に持っていた大きめの買い物袋を、そっとテーブルに置いた。そしてこちらを向き直り、優しく話しかけてきた。
「大きくなったなあ」
まじまじと、蓮を下から上まで眺めながら、永吉はそう言った。既に蓮の声は出なくなり、体は石のように硬直していた。蓮は必死に、瞳の奥から込み上げてくるものを堪えた。
「蓮、座ろうか」
「うん」
それはドラマのワンシーンのように、抱き合いながら涙を流すようなものではなかった。二人ともどこか余所余所しく、薄い壁があるのを感じた。
十年ぶりの再会なのだから、仕方ないのかもしれない。一体何から話せばいいのか、再会に相応しい言葉は、これといって頭に浮かんで来なかった。
「蓮は幾つになったのか?」
「えっと、十九だよ」
「十九か! そうか」
永吉は蓮を食卓に誘った。蓮は、テーブルの一番奥に胡坐をかいて座った。そこからは、広々とした居間全体が見渡せるようになっている。
祖母曰く、その場所は亡くなった祖父がいつも座っていた場所らしい。普段、永吉や祖母は座らない席だった。
「会いにきてくれてうれしいよ」
永吉はテーブル越しに、蓮の斜め前に座り込み、話しかけた。蓮は、永吉と目を合わせられないまま、どこか遠くの空でも眺めるようにして、軽く頷いた。
「お母さんは元気か?」
まさかおふくろの事を聞かれるとは思いもしなかった。その時、ようやく永吉と目が合った。
「うん。元気」
蓮は、頷きながらそう答えた。
「そうか」
昼食の支度ができたようだ。祖母が料理をテーブルに運んできた。
「はいはい、食べておくれ」
「蓮、好きなだけ食べてくれ」
「うん」
祖母の作った家庭料理を食べるのは、いつ以来なのだろう。テーブルには、刺身、祖母の手料理である煮物、それから永吉がスーパーで買ってきたのであろう、寿司が並べられた。贅沢な昼食だ。
「いただきます」
そう言うと、蓮は静かに箸を付けた。大皿に並べられた寿司の中には、蓮が大好物の海老が幾つかあった。流石に、永吉が自分の好物まで記憶しているとは思わなかったが、永吉の好意は、それまで強張っていた蓮の緊張を徐々に和らげていった。
早速海老を一口で放り込み、噛み砕いた。海老独特のプリッとした食感が堪らなかった。胃袋に流し込むと、全神経が胃に集中していくのが分かった。緊張のせいで空腹だったからだ。