蓮はまた、瞳の奥から込み上げてくるものを必死に堪え始めた。祖母の計らいだろうか、少し開いた窓の隙間から、心地よい風が吹き込んでくる。
外からは、近頃鳴き始めた蝉の声が、遠くの方で微かに聞こえた。
永吉は麦酒に口を付けた。蓮の様子を窺いながら、目の前に置かれていた刺身に箸を付けている。親父と飯を食ったのはいつの時か。
その記憶は、両親と祖父母と一緒に食卓を囲い、皆で大喧嘩している時の残像しか、覚えていない。沈黙を破ったのは永吉だった。
それまで静かだった永吉が、思い出したかのように口を開いた。
「そういえば、蓮は中学でも野球をしていたんだろう?」
「え? 野球、ああ、うん」
蓮は、急に問われて返答に困った。会話をするのも十年ぶりなのだから。しかし永吉と蓮の唯一の共通点、それは確かに野球であった。それが二人の距離を縮めてゆくには最も容易であった。
「ああ、そうだ」
永吉は、色褪せた茶色の長財布から、名刺サイズ程度の紙を取り出した。
「これ」
永吉はその紙を、そっと蓮に渡した。何だろうと思い、もう一つ海老を頬張ろうかと思っていた蓮は、箸を一旦テーブルに置いたあと、それを受け取った。
どうもそれは、紙の材質からして新聞の記事のようだった。元は白色だったのだろうか、今は黄色に変色していて皴が目立っている。
よく見ると、眼鏡をかけて、野球帽のような帽子を被っている男の子が、モノクロで写っていた。それはまさしく、中学時代の蓮の写真に違いなかった。
「え、これってもしかして」
「中学の時、準優勝しただろう。その時の記事を、ずっと大事に持っていたんだ」
蓮は涙を堪えることが出来なくなった。
「そうだ、高校野球も、見たんだ」
「え?」
「蓮が、テレビに映ったのを、見ていたんだよ。夏の試合で、ヒットを打った時だよ」
「ああ」