魑魅魍魎が嗤う―宗教と恋愛―

歩行スピードはゆっくりだったのだが4時間を過ぎた頃から全身が重く、息切れがしてきた。まるで100kgのバーベルを担いで坂道を歩いている感じだ。

これまでに感じたことのない、抵抗し難くとてつもない脱力感が襲ってきて、鍛えてきたはずの精神も歯が立たず、身体を乗っ取られたかのような他の人から見たらまるで夢遊病者に写っていただろう。

それでもなんとか意識をギリギリに保っていた。5時間ほど過ぎた頃、声をかけようとしたとき、サドゥー

「休憩はまだです、もう少し、頑張ってください、あと少しです」

また、心を先読みされてしまった弥生は(負けず嫌いなので)

「ハー、ハー、ハー、私もそう思っていたわ、あと少しね、あとちょっとね」

息も絶え絶えになりながら、また、負けず嫌いな性格が出たことへ、なさけないような、でも、根を上げないぞ、と、いうような心はウダウダになっていた…。

そこへあの幼い子が…。

カルキ・ヨーギニー「弥生さん、あなたを調整します」

「はい、もう大丈夫です。帰ったら、寄付してください」

弥生「あれ、あんなに苦しかったのに……えーっ! ウソ! どこも痛くない、元気になっている? わぁー、すごーい! すごーい! 寄付します、寄付します、素直にもなります」

サドゥーが大笑い。それを受けて、カルキ・ヨーギニーもきゃっきゃっと楽しそうだ。しかも、距離をとってロバを引いていた弟子たちも笑いはじめていた。

ロバの口元が緩んで微笑んでくれた。自然と弥生も笑った。素直になれたことが嬉しかった。なんだか気持ちがいい。足取りも軽く、風景を観る余裕すら出てきた…

そのおかげもあって、その後、なんと8時間も歩けたのだった! 登山用のジャケットを羽織り空気がかなり薄く感じていたところ

へサドゥー「はい、つきました、今夜はここで野営します、弥生さん、すごいです、標高、2千mまで来ましたよ!」

弥生「えっ、もう、そんなに!」

ヨーギニーから調整されて身体は軽く、心まで軽くしてもらったんだ。まだまだ、いけそうだったけど、着いたと聞いた途端、安心したのか、腹の虫がギュルギュルと唸ったのを皆に聞かれてしまい、またまた大笑い。

サドゥーの弟子たちが、テキパキとテントを張り、食事も用意してくれた。火を囲みながら、サドゥーとカルキ・ヨーギニーと弥生の3人で明日の行程を確認しながらの食事となった。

弟子たちは食べないのかと聞いたら、食べない修行もしているから、えんりょせず、食べなさいと言われた。弟子たちは10年前から、飲まず、食わず、の状態でいるというのだ!

それにしては…。痩せていない、どちらかというと筋肉質だし、重い荷物を軽々と持ち運びしているし…。

なぜ?だろうと思っているとカルキ・ヨーギニーが

「弥生さん、日本では、霞を食べる、と、言うじゃないですか」

きゃっ、きゃっ、と笑った。

弥生「いやいや、それは、仙人の話で、ふつうの日本人は食べないんですけどぉ」

サドゥー「彼らはその仙人修行の最中なんですよ」

カルキ・ヨーギニーが、サドゥーに向かって

「脱落したら、その人をもらうんだからぁ、ね」

と、一瞬、瞳が銀河で渦巻いた……。

パン!とサドゥーが手を叩く、はっ、と、弥生は我に返った、またしても、銀河に吸い込まれるかのようだった、気持ちよかったのに、邪魔しないで欲しいと本気に思った…。

サドゥー「めっ! 今はダメ! 弥生を虜にしてはいけない」

カルキ・ヨーギニ「ケチ、冗談ですぅ、きゃっ、きゃっ、」

なんだか、得体の知れない怖さというか、でも、楽しい、嬉しい、これまでに味わったことのない、わくわくとした気持ちを感じるのだった。同時に、弥生の固定観念が崩れてゆく……。