もはや激昂としか形容できない、鬼気迫る表情だった。先生みたいになりたいと天使の笑みをくれた男の子は、もうそこにはいなかった。

わたしはなにを守りたかったのだろう。なにを間違えたのだろう。

稔さんに抱きとめられる礼央くんの頬を、光る雫がきれいな線を描いて流れていった。

わたしはただただうなだれることしかできなかった。

「諌さんが裕子さんを全力で救おうとしたこと。礼央くんも、いつの日か理解してくれたのではないでしょうか」

陳腐な慰めなどいらなかった。わたしは裕子さんを、稔さんを、そして礼央くんを。だれひとり守れなかった。それだけがゆるぎない真実なのだから。

「わたしは恐れているんだ。この件に言及すればするほど、それはわたしを守る盾に変わってしまいそうで」

わたしはあれ以降、礼央くんに会っていない。彼はわたしを心の底から恨み続けたことだろう。脳裏に浮かぶのは、礼央くんのあの言葉。

おまえが代わりに死ねよ。

まったくその通りだ。わたしは船縁に額を預ける。医師とはなんと気楽なものか。命を賭けると(すご)んでみても、飛行機のパイロットとは異なり、過誤を犯しても自分の命が奪われることはない。涙を浮かべる資格がないことは、十二分に承知している。それでも海の底のようにぼやける視界で想いを()せる。

礼央くん、すまなかった。けれども信じて欲しい。きみたちのしあわせを心から願って治療に臨んだことも。わたしが、きみの最愛の母を奪った、殺人鬼だとしても。

庄兵衛はなにも聞かず、ただの聞き役として、わたしに寄り添ってくれた。

聞こえるのは櫂が水をかき混ぜる音と舟が軋む音。さっきから舟がやたらと軋みだしている。なにかの前兆ではないかと闇に眼を凝らす。

そして想う。

生きていたときには、夢とか希望とか、輝かしい色彩がこの双眸(そうぼう)に映っていた。けれど今眼前に横たえるのは、どこまでも終わりのない、背筋の凍るような暗闇だけ。