「俺のせいなんだ」
やがて裕子さんの容態は安定し、家族で病院を去っていかれた。
わたしは医師としての使命をまっとうしたという充実感と一抹の寂しさを味わった。裕子さんが退院してから二ヶ月後、大学病院に担ぎ込まれるまでは。
本格的な夏が始まった頃、裕子さんが救急車で緊急搬送された。救急治療室で横たわる裕子さんは厳かな機械に囲まれていた。
自宅で療養していたところ容態が急変して、意識を失ったという。
稔さんによれば、数日前から下痢や嘔吐が出現していたという。血液検査で腎機能が急激に悪化していることが判明した。
裕子さんの平和な日常は、砂上の楼閣のようにもろくも崩れていた。
移植片対宿主病(いしょくへんたいしゅくしゅびょう)。通称、GVHD。移植して定着した白血球が、患者の身体を異物とみなし攻撃する、移植の天敵とも呼べる病気だった。
もちろんこの最悪の副作用を生じさせないために様々な検査を行い、投薬を行い、できる限りの細心の注意を払った。
だが医療に完全はない。最悪の副作用が知らず知らずのうちに裕子さんを蝕んでいた。
容態は一刻の猶予も許さず、集中治療室での戦いが始まった。
老廃物が溜まった血液を濾過するための透析を行い、免疫の暴走を抑えるために強力な免疫抑制剤を投与した。その後に発熱を来たし、画像検査で肺炎を発症していることが分かった。
肺炎は細菌性で、抗生剤を投与したものの効果が乏しく、容態は悪化の一途を辿りながら十日が流れる。
造血幹細胞よ。なぜだ。なぜ裕子さんを拒んだのだ。
わたしは低空飛行を続ける裕子さんのバイタルサインを見守りながら、スタッフステーションで頭を抱えた。そんなわたしの肩を看護師が叩いた。
「立花さんのご家族から、お話があるとのことです」
「どなただ」
「旦那さんです」
またか。集中治療室のすぐ隣にある相談室に重い足を引きずっていく。不眠不休で泊まり込んだせいで頭は白んでいる。