「鉄砲を買っていただこうというのではありません、この様な武器が偏ってしまいますと、一部の大名が力を持つこととなり、武力の均衡が崩れ、悪の征服者が現れるやもしれません、それを防ぐためにも、有力大名家には是非この鉄砲の威力を知っておいていただきたいのです」
「当家にとっては今のところ、上杉が天敵である、その上杉が鉄砲を用いないのなら、我が方も対抗する必要もなかろう。しかるにせっかく鉄砲を持参しておるのなら披露致してみよ」
「それでは庭先を拝借いたします。危険ですので空砲となりますが、玉込めを致しますと一町先の的を確実に射貫く事が出来ます」
そう言って光秀は、慎重に硝薬を詰め込み、空に向かって空砲を放った。「ドーン」と大きな轟音を聞いて氏政は後ろ向けにひっくり返った。
氏政は、
「我が忍び風魔の手裏剣と、どちらが正確かは分からないが、音だけはたいしたものだ。この音だけでも敵を脅すには充分である。光秀とやら、その鉄砲、当家で十丁ほど貰い受けよう。金貨十枚ほど持たせる故、都に戻ったら荷駄にて送り届けよ」
「某、商人ではありませんので、代価を頂くわけには参りません。上方に戻りましたら堺の納屋衆よりお届けさせましょう。値段の交渉などはそちらと直接致していただきたいと存じます」
「金貨十枚を要らぬと申すか、その方なかなかの大物と見た。それでは都への帰途、駿河に立ち寄り、我が妹の嫁ぎ先である今川家にその鉄砲を寄贈致してくれぬか。代価として金貨十枚を取らせるがどうじゃ」
「この鉄砲は、某の師匠雑賀の孫一殿に頂戴致した物であります。いくら積まれようとお譲りするわけには参りません」
「相分かった、貴殿の事を武器商人などと申して、失礼致した。どうせ帰途駿河に寄るのであろう。添え状を書いて差し上げよう。ついでに、今川殿に土産の物を頼まれてくれないか。今川の大殿は曽我の梅干が大好物なのじゃ。ついでに貴殿にも梅干を差し上げよう。梅干は嫌いか」
「嫌いではありませんが、紀州の雑賀衆よりいつも南高梅をたんといただいております」
「これは失礼を致した。いかに曽我の梅干といえども、紀州の南高梅にはかなわぬ。それでは今梅干を用意致す故今川殿に届けてくれ。それと添え状を今したためて参るのでしばし待たれよ」
そう言って氏政は一旦部屋を出て行ったが、すぐに書状と梅干の包を持って来た。
「いや、今日は実に愉快な話を伺った、貴公どうせ浪人なら今川家に仕官してはどうだ、今川家では今、すぐにでも上洛を目指しているので、諸国から有力な浪人どもを徴用致しておる」
「有難うございます、しかるに某、今しばらく修業を積みたいと存じますので、その儀はお断り申し上げます」
「重ね重ねも剛毅な男じゃ、貴公の出世を祈念致そう。またどこかで相まみえることもあるやも知れぬが、その時はお手柔らかに頼もう。いずれにしても達者で暮らせよ」
「有難き幸せにございます。北条家の御繁栄を心よりお祈り申し上げます」
光秀は、北条家を後にし、相模を発った。時はすでに五月も終わろうとしていた。