鱚天ぷら

「どうしたの?」

声には出さず唇の動きだけで大将に聞いた。

今年の夏は暑かった。ようやくぬる燗ぐらい飲もうかなといつもの「酒肴・花里」にやってきたら、カウンターの隅でハンカチを目にあてる淑女。いや、ショートヘアでミニスカートの熟女。

俺は株式会社スズキフラワー代表取締役、鈴木俊平、四十三歳。三十歳で独立起業して今では本店に加えて系列店を三店舗を構える経営者だ。この夏ちょっとした経営難を乗り切って少し自信もついてきた。

そんな俺の唯一の趣味で息抜きなのが月曜日の一人呑み。この春にふらっと訪れた花里にほぼ毎週顔を出している。

そして、先ほどから気になるカウンターの熟女は向かいのビルの二階でカラオケスナックを営む月子さんだ。

お客さんが入るのは二次会からの八時以降が多いらしく、それまでは花里で飲んでいるのをよく見かける。ちなみに同伴みたいなことはこれまでなさそうな。もしかしたらそのうち俺が同伴第一号になるのか。

それにしても月子さんはどうしたんだろう。

「俊平さん、はい。生ビール」

とりあえずビール派の俺の前には何も言わなくても一杯目は必ず愛してやまない夕陽ビールが置かれる。

まずは一口飲んで……。こういうとき、男は黙るしかない。関係者であってもなくても。だってどうしたらいいのかわからないんだもん。

「っひく、っひっく」

酔っ払っているのか、しゃくりあげているのかわからない。

「あら、俊平さん。いたの? やだ、俊平さんに泣いているのを見られちゃった」

ありゃりゃ、マスカラが上まぶたと下まぶたについて月子パンダになっているんですけど。

「何かあったんですか?」

やはり一応聞くのがマナーかな。恐る恐る聞いてみた。