1つ目は、1982年のトーマス・チェックによる、RNAが酵素として働くことの発見です。チェックはテトラヒメナのリボソームを構成するリボソームRNAの前駆体RNAに、何とRNAを切断する酵素活性があることを発見したのです。

リボソームは細胞のなかにたくさんある小器官で、タンパク質を合成しています。チェックはリボソームを構成するリボソームRNAが前駆体RNAからどのようにつくられるかを調べていたのですが、前駆体RNAの余分な部分を切り出して捨てるときに、RNA自身が切断酵素として働いていることを発見したわけで。

それまで酵素はタンパク質であるということが常識となっていたので、まさかRNAに酵素活性があるなどということは信じられないことでした。

しかし、チェックの発見以後、核酸であるRNAに酵素活性があることが多くの生物で明らかになってきました。チェックは酵素としての働きを持つRNAのことをリボザイムと名付けました。チェックのリボザイムの発見はその後の生物学に大きなインパクトを与えました。

私たちの体は37兆7000億個の細胞から構成されています。その細胞のなかでは、遺伝子であるDNA上にコードされている遺伝情報がメッセンジャーRNA(mRNA)に読み取られます。これを転写といいます。mRNAは細胞質にあるリボソームに運ばれ、リボソーム上でmRNA上の遺伝情報にしたがってタンパク質が合成されます。これを翻訳といいます。

したがって、DNAの上にコードされていた遺伝情報は【DNA→mRNA→タンパク質】という方向に流れていきます。これを生物学のセントラルドグマと呼びます。ここで、大きな問題が生じました。それは生命の誕生時では、遺伝子をコードするDNAが先に出現したのか、あるいはDNAを合成する酵素やDNAからRNAの転写を行う酵素として働くタンパク質が先に出現したのかという論争が始まったのです。これを「鶏が先か卵が先か論争」と呼びます。

チェックのRNAに酵素活性があるという発見は、この問題に決着を与えました。いま世界中で感染が広がっている新型コロナウイルス(COVID-19)はRNAウイルスの仲間です。

COVID-19ではRNAが遺伝情報をコードしているわけです。RNAは酵素としても働くことができるし、遺伝子としても働くことができるわけです。

このことから、生命の誕生はDNAでもタンパク質でもなく、RNAの出現によってスタートしたに違いないという考えを強く支持します。生命誕生のころの生物界は、遺伝情報もRNAが担当し、酵素としての働きもRNAが担う、RNA中心のRNAワールドだったというわけです。ということで、この「鶏が先か卵が先か論争」は決着を見ました。