デイトレーダー「ヤーマン」誕生

本当の地獄

そして本店営業部に来て、僕はあの投資戦略室さえ生ぬるかったことを思い知らされた。

本店営業部ではノルマがあった。投資戦略室では何を売っても売り上げが高ければそれでよかったが、本店営業部では、投資信託や仕組債など、その月に売る商品が決まっている。売ると決まったものは、どんなものでも売ってノルマを達成しなければならない。

「これ、資金効率悪すぎでしょ」と思うような商品でも売らなければならないのは、本当に苦痛だった。さらに、ここでは外回りではなく電話営業が基本。外に出られなければ、家に戻ってトレードの練習をすることもできない。

そして、春が過ぎても信用取引規制緩和に関する追加情報は出てこなかった。震災からの復興対応で、その他の経済対策は全て後回しにされているようだ。信用取引がいつ規制緩和されるのか時期が読めない。これでは会社を辞めたくても辞めることができない。

どうしたらいいんだ…。八方手詰まりで気が滅入り、うつになりそうだった。

このままじゃだめだ! 冷静になろう。僕は現状を分析することにした。

まず、すべて悪いことばかりではない。営業部では営業手当がつくし、残業代も出る。月給の手取りは投資戦略室にいた時よりも5万円上がった。これを貯金しよう。デイトレードの資金を少しでも貯めておく必要がある。

問題は電話営業で外に出ていけないことだ。これでは家にこっそり帰ってトレードの練習をすることはできない。電話でアポイントを取れた人には会いに行ってよいということになっているが、僕が任されたのはまたもや新規開拓のみ。今どき見知らぬ証券会社から電話がかかってきた時、電話を受けて、話を聞いてもいいよと答える人などいるわけがない。

K証券出身なら他部署からの異動でも既存のお客様を引き継がせてもらえるが、僕にはそれがなかった。

I証券出身者へのイジメは続いている。会社を合併するというのはそういうことで、もしこれが逆の立場――K証券出身でI証券に異動――ということになれば、やはりK証券出身者が同じような扱いを受けるのだろう。

嘆いてばかりいても何も変わらない。なんとか手を打とう。

僕は投資戦略室にいた時に仲良くなったお客様に、自分の携帯電話から電話をかけて、一芝居打ってもらえるようにお願いした。会社の電話はすべて録音されているので、その電話で芝居をお願いすることはできないのだ。

今から電話するので「商品に興味があるから来てほしい」と言ってもらえるようあらかじめお願いしておき、会社の電話を使ってまるで初めて電話をした家のように話し、アポイントを取り、そこに出かけますと言って、実際は自宅に帰ってトレードの練習をした。