第一章 愛する者へ
食事会は都内のホテルのレストランの個室で行った。テーブルは円卓だった。
すでに顔合わせはすんでいたこともあって、和やかな雰囲気だった。
「お父様もここに来ていらっしゃるでしょうから、席を用意しましょう」
武の父親が提案したことで七つ目の椅子が置かれ、新の席にビールを注いだグラスを置こうとしたので、
「父もお酒が飲めないので」
と若葉が謝るように言い、そのグラスを武に渡し、代わりに別のグラスに烏龍茶を注いで置いた。
全員がデザートを食べ終わったのを見計らって、武が、
「そろそろ、お父様からのメッセージを観ようか」
と言ってくれたので、なかなか言い出せずにいた若葉は、
――助かった――
と思うとともに、
――とうとうきた――
と不安になった。
食事会が始まってからずっと『アフターメッセージ』のことが気になって、料理を味わうどころではなかった。
若葉は就職したときに購入したシルバーのノートパソコンを新の席に置き、起動させ、DVDを再生した。
事前に観て確認しておかなかったことを今になって後悔した。
新は黒の礼服を着て白のネクタイをしていた。
「若葉、結婚おめでとう」
新がお辞儀をした。
「ところで新郎の方、私の墓に挨拶には来ましたか?」
新は怒った表情を作っていたが、口元は笑っていた。
若葉が武といっしょに新の墓参りに行ったのは、その二日前に、
「食事会の前に、いっしょにお父さんのお墓に挨拶に行っておきなさい」
と霞が言ったからだったことを思い出した。
「あなたが若葉にふさわしい男かどうか確認したいのですが、若葉を信じることにします」
若葉はそっと武の顔をのぞいた。武は真剣な表情で観ていた。
武の両親の顔ものぞきたかったが、若葉の位置からは見えなかった。
「失礼なことを言って申しわけありませんでした」
新は笑ったが、すぐに真剣な表情になった。
「新郎の方、若葉を選んでくれてありがとうございます。若葉がどんな女性に育ったのか私には分かりませんが、あなたが選んでくれたということは、きっとすてきな女性に育ったのだと思います。若葉をよろしくお願いします」
新が頭を下げた。頭を上げたときの目には、涙が浮かんでいた。
「私からもう一つ、お願いがあります」
――余計なことを言わなければいいけど――
「私の妻が独りで寂しくならないようにしてください。同居しなくてもけっこうです。でも、たまには、いっしょに食事したり、旅行したり、誕生日にプレゼントしたりして、寂しい思いをさせないようにしてください」
霞の顔をのぞいたら、すでに観ていたはずなのに、目をハンカチで拭っていた。
顔は見えないが、武の両親の方向からも鼻水をすする音が聞こえてきた。
――だからお母さんは武さんに観せたかったのか――
「若葉、おめでとう。いつまでも幸せに」
――この映像を観たあとに記念写真を撮る可能性があったことは考えなかったのかな――
いつの間にか、若葉の目からも涙があふれ出ていた。