第1章「 伝わる」映像表現
1.「伝えたいこと」が「伝わる」
よい映像表現とは「伝えたいこと」が「伝わる」こと
映像制作の目的のほとんどは、なんらかの情報やメッセージを誰かに伝えることです。そのため見た人に伝えたいことが伝わっているかどうか、これが表現における善し悪しのすべてといってもいいでしょう。
「伝えたいことなんか別にない! 映像なんておもしろければいいじゃないか!」と思われる方もいるかもしれません。しかし趣味や遊びだろうと「伝えたいこと」がない映像など存在しないのです。
「好きなものの魅力を伝えたい」
「驚いた出来事を伝えたい」
「美しい景色を伝えたい」
「この場の空気感を伝えたい」
「新しい発見を伝えたい」
「湧き上がる表現欲求を伝えたい」
このように映像を作って人に見せたいという意思があれば、作り手が言葉として意識していないだけで、必ず伝えたいことは存在します。とはいえ多くの人は「伝える」意思はもっていても「伝わる」表現はできていないのが現実です。
そう「伝える」と「伝わる」は違うんです。
「伝える」と「伝わる」の違い
「伝える表現」とは発信側が情報を一方的に相手へ受け渡すことで、相手の感情を考えていません。そのため受け手は認識はしても心には響いていないため、深い理解はしてもらえず行動を起こしてもらえません。
「伝わる表現」は常に相手の感情を考えながら、情報を受け渡していきます。「伝えたいこと」を相手の心に深く響かせることができれば、行動を起こしてもらいやすくなるからです。
一方的に「伝える」 だけでは、その瞬間は理解してもすぐに忘れてしまいます。しかし見る人の心を動かし「伝わる」状態で得られた知識は長く記憶に残るため、時間が経っても忘れにくくなります。
伝える+感情の動き=伝わる
表現とは作品を通じたコミュニケーションです。こちらが言いたいことを言ってばかりでは人は耳を傾けてくれません。映像はライブと違い相手の顔が見えない表現媒体です。だからこそ見る側の気持ちを常に考えながら表現をしなければなりません。
どれだけ「伝えたいこと」があっても見る側の感情が動かなければ「伝わる」ことはありません。どれだけ感情を動かしても「伝えたいこと」がなければ作る意味がありません。
映像表現とは「伝えたいこと」と「抱かせたい感情」の2つが揃ってこそ成り立つものなのです。
2.映像の特徴
映像表現の2つの大きな特徴
映像を文章、絵画、写真、音楽など、ほかの表現媒体と比較した場合、大きく2つの特徴があります。
● 特徴1〈擬似体験を与える〉
再現性が高く見たままの光景を視聴者に伝えることができる点が映像の最大のメリットです。スポーツ中継のように離れた場所でも現場の臨場感を感じさせ、その場にいるような疑似体験を提供することができます。
● 特徴2〈時間と空間をデザインできる〉
映像は時間経過による変化の表現です。音楽・舞踏・演劇なども時間変化による表現ですが、映像は画面変化により目の前の空間を一瞬で切り替えることができます。この画面変化による意味づけと感情の揺さぶりがほかの表現媒体にはない映像特有の表現といえるでしょう。
映像のデメリット
表現媒体としてメリットの多い映像ですが、当然ながらデメリットも多く存在します。
● デメリット1〈視覚と聴覚を一定時間拘束してしまう〉
一瞬で認識できる写真や、聴覚だけの音楽、自分のペースで読み進められる文章と違い映像は視覚と聴覚を拘束します。これは視聴者の人生から一定時間を奪う行為といってもいいでしょう。ですから映像表現者は奪った時間と同等以上の価値を視聴者に提供しなければなりません。
●デメリット2〈「伝えたくないこと」も伝わってしまう〉
映像はとても情報量が多く伝わりやすい表現媒体です。しかし「情報量が多い」ということは考えなければならない量も当然ながら多いのです。たとえば「女性の美しさ」を伝えようとしても背景に目がいく、肌の荒さが目立つ、カメラの揺れが気になるなど、さまざまな要素を処理しなければ伝わる表現にはなりません。
過去にはテレビモニターやスクリーンなどの視聴媒体が必要というデメリットが存在しましたが、携帯端末でサクッと動画が見られる現代では大きなデメリットとはいえないでしょう。
映像表現はコンテクストのコントロール
コンテクストとは「文脈・前後関係・背景」を意味しますが、本書では「時間軸におけるカットやシーンの関係性」などの意味合いで使用しています。映像は写真と違い、どれだけ素晴らしい撮影ができても、ただ並べただけでは素晴らしい映像作品にはなりません。
素材の質よりもどの順番で並べるかというコンテクストが映像表現の要になります。コンテクストという言葉は聞き慣れないかもしれませんが、本書では頻繁に登場するのでぜひ覚えてください。
映像表現で重要なのはセンスよりも思考力
映像で人の感情を動かすことは「センス」や「想い」でなんとかなるものではありません。映像表現とは結局のところ物理学と脳科学の応用です。不特定多数の人たちに効果的に「伝わる」映像を作るためには、センスやテクニックよりも物事を数学的に捉えることができる思考力が必要不可欠です。
映像は英語で「Image」です。映像表現者はイメージという曖昧でフワッとしたものを作っています。しかしフワッとした頭脳では作れないものなのです。