競艇場と夕飯

先日遊びに行ったとある競艇場の施設はとても綺麗で充実していたが、私が働く競艇場の方が開放的で活気がありお客さん同志がとてもフレンドリーだった。

来客数はかなり多かったが、ギャンブル場とは思えない静けさだった。

これは一体何故だろうか。暴れる人もいなければ、熱くなる人もいない。波乱のレースがあってもどよめきさえ起こらない。

私にはまるで病院のように見えた。高齢者が沢山いて、フナ券売り場は病院の待合室のような感じがした。無言でフナ券を買い、無言でレースを観戦し、無言で帰る。ある意味、異様だった。

その競艇場には同じ職場で働く漫画家の先生と一緒に行った。連れて行ってもらったという言い方の方が適切だ。

西国分寺駅のホームで待ち合わせをするはずだったが、私は誤って武蔵浦和行きの電車に乗ってしまい、すれ違いとなってしまった。結局武蔵浦和のホームで落ち合い、戸田公園から無料バスに乗ってその競艇場に向かった。

私達は八レースから参戦したが、私はいきなり万舟を当てた。その後の九レースから十二レースまでは見事に大負けだった。一方、漫画家の先生は全戦全敗だった。

当初、勝った方が夕飯を奢る。二人とも負けたら漫画家の先生が奢る。そういう話だったが、私が勝ったにもかかわらず、札幌へ旅行に行くのだからそのためにお金をとっておきなさいとのことで夕飯に焼き鳥を奢ってくれた。

小説の話や漫画の話、文章を書くということの話で盛り上がり、あっという間に時は過ぎた。

そこでの会話の中で強烈に印象に残ったことがある。

「私も弟も手段は違えども、親から逃げたということには変わりがないように思うんですよ」

「いや、弟は逃げていない。ただそこでじっとしているだけだと思う」

私は弟を置き去りにしたまま十六歳で親から逃げた。その後、弟は親から逃げ東京の大学へ行き、韓国の女性と結婚し婿養子という形を取った。

しかし、それは逃げではなく、自分が寂しくならないような環境を選び、そこにじっとしているだけなのだと考えれば妙に納得する。