岬明純は口紅をつけない
うちでは兄貴が児童劇団に入っていて、イオにぃも一緒に行っていた。
兄たちの舞台発表会の時、小さすぎて覚えていないが、いつも練習について行っていたらしい。自分も一緒にやりたかった。
幼稚園の年長の終わりの二か月。兄貴が中学になると児童劇団を辞めるからと、やっと入団した。二か月だけ、小六の兄貴、小三のイオにぃと、年長の俺の三人が、児童劇団で一緒に演じることができた。
そして三年間イオにぃと劇団に通い、小四の時から一人で通った。それもサッカーで忙しくなり、小五でやめた。昨年、その劇団の先生の朗読会に行った。
やはり先生はすごい。大人になったからこそ、わかることがある。あれからまだ一年たっていない。
サッカーをやめると決めて高校に行った時、演劇部に入った。兄貴が演劇部だったからというわけじゃないが、なぜだか演劇部に入った。サッカー部からはスカウトされた。同じクラブチームの先輩がいたからだ。
入っていたらレギュラーになれたのかな。いや、中学ほどの情熱はもう俺にはなかった。それなのに高校の球技大会では、ついついサッカーを選んでいた。
サッカー部でもないのに、えらいうまいキーパーがいると評判になり、悪い気はしなかった。それでも俺なんか、ダメだといつも思っていた。そう、いつもダメだと。
大学では、餃子屋でアルバイトをした。学生のアルバイトが多かったが、厳しい職場で二十人入って三人しか残らなかった。勉強は嫌いだが、働くことは好きなんだとわかった。
兄貴たちが進学したから、どっちでもいいと思って進学したけど、初めから就職してもよかったな。杜都市に戻って、地元で就職した。もっと東京にいたかった。兄貴たちのように。帰ってきたかったわけじゃないけど、勉強も嫌いだったからな。
就職してからは、これで生きていくと決めて自分なりに頑張ったつもりだ。やっと、自信が持てると思ったのに。いろいろあったな。二十七年間。たくさんの思い出、ありがとう。
……みんな心配してるかな。ごめんね。かあさん。ごめん……。サクラ……サクラ……どこにいるの? サクラ!
ぬるぬるした感触。
「サクラ?」
明純は目を開けた。暗い部屋の中、体中血腥くぬるぬるした真っ黒なサクラのシルエット。
「サクラ!」
明純は自分の声で目が覚めた。夢? 恐ろしい映像。サクラは生きている! 生きているのに!