岬明純みさきあすみは口紅をつけない

岬明純は、サクラがいなくなってからほとんど眠れなかった。

テレビのニュースで見た知り合いから最初何人か連絡が来たが、やっと体を横にした深夜一時過ぎに

「気になって眠れないから、どうなってるか教えて」

という者までいて、怒る気力もなかった。さらに捜索が打ち切られた後、何日かして

「心配してるのに~。いったい、どうなってるの~」や「山登りはしたことあるから、何でも言ってね~」という者に至っては、この非常時に「~」という文字記号を使う神経には、怒る前にあきれて落ち込んだ。

サクラがどうなっているのか、知りたいのはこっちの方だ。ほんとうに親しい友人こそ、長くなるにつれて言葉を失ったように、連絡してこなかった。

眠れない夜、ふっと意識を失う。いつの間にか寝ているが一時間もしないですぐ目が覚める。繰り返す、毎日、毎晩。サクラは体が動かない。雨。もう体の痛みも感じない。

昔のことを思い出す。昔、小学生の時、学校の帰り道、空き地で猫が死んでいた。暑い日が続く季節だったと思う。猫の死体は少しずつ腐り、骨になっていった。サクラは毎日その道を通り、猫の終末の一部始終を見届けた。子供心に鮮明に覚えている。

大人になってから、母とそのことを話したことがある。

「覚えてるよ、あの空き地でしょう。ほんとうにきれいに骨になって、生きとし生けるものは、こうして骨になるのかと、あの猫に教わった。すごいものを見せてもらったと思っているよ」

母はそう言ったが、話してみると記憶があいまいでサクラほど鮮明には覚えていなかった。そうあの猫、このまま見つからなければ、あの猫のようになるのだろうか。腐って虫が集まり、蛆がわき、肉体が溶けてゆくようになくなり、骨になる。

あの、子供の頃に見た猫は自分だったのか。雨。まだ生きている。二十六日に山に入った。二十八日にはじいちゃんとかあさんと出かける約束、もう果たせないのか。かあさんに悪いことをした。

「立ち入り禁止」だったのに何故「行ける」と思ってしまったのか。今までなら無理はしなかった。なんで。介護福祉士に合格したから? 何でも挑戦すればできると思い込んでいた? おごりだった。

炎天下。ヘリコプターが……。光る反射板も取り出せない。体が動かない。小さな虫たち。体が腐っていく。

「ワー!!」

目が覚めた。眠っていたのか。まだ生きている。そうか、俺もあの猫のようになるのか。ここでは見つからないだろう。