厩戸皇子うまやどのおうじの実話は隠蔽されてしまった。しかし、誰かがその実話を隠し持ってはいなかったか。そしていまでもそれが存在している可能性はないだろうか。それを考え続けていたある日……』

ノートはそこで終わっている。だが教授がなにを考えていたのかは明らかだ。大きな権力が真実を隠蔽しようとするとき、必ずそれに抵抗しようとする者がいる。そんな人間は時代や場所を問わず必ずいるはずだ。それは教授の信念だった。その信念を持って、教授は隠された「真実の話」を探索し続けた。だがその行く手には、無念な死が待っていた。

しかしいま、松岡刑事がその敵に対峙しようとしている。そしてまた沙也香自身も磯部に連絡を取ろうとして大学へ電話してみると、あいにく出張中だった。三日後でないと帰ってこないという。なにか伝えることがあれば連絡を取りましょうかというので、それはいいですといって、電話を切った。

沙也香は少し考えて、次は高槻教授の家に電話した。呼び出し音が二、三度鳴ると、すぐに恵美子夫人の声が聞こえた。

「はい、高槻でございます」

「大鳥沙也香です。先日はお邪魔いたしました」

「ああ、大鳥さん。お邪魔だなんてとんでもない。こちらこそ大変なことをお願いして申し訳ありません。あれからお変わりありませんか。お元気ですか」

「ええ、身体のことでしたら大丈夫です。まだ若いですから」といって、沙也香は少し考えた。

身体は大丈夫だが、心は少し病みかけているかもしれない。恵美子夫人のところへ電話したのは、彼女なら心の迷いを癒やしてくれるかもしれないと思ったからだ。

「ところでご相談というか、少し聞いていただきたいことがあるのですが。お宅にうかがわせていただいてもよろしいでしょうか」

「ええ、ええ。もちろんかまいませんよ。いつ来られます?」

「できれば、明日にでもと思っているんですが」

「いいですよ。わたしは特に予定はありませんから。では、明日お待ちしています」

「よろしくお願いします」

電話を切ると、沙也香は大きく息をついた。

久しぶりにほっと心がなごんだ気がする。

夫人はどんな用件なのか、まったく聞かなかった。おそらく沙也香の心の中の不安やなにかを見通しているのだろう。夫人のところに行ってみようと考えたのは正解だったようだ。