【関連記事】「出て行け=行かないで」では、数式が成立しない。
第三章 石和 別れとリハビリテーション
部屋の人たちとはすぐに打ち解けることができた。
「伊庭さんは歌は好きなの」
青木さんが声をかけてくれた。坊主頭でやや小太りの広島出身の人で、声がとても良く民謡を得意としていた。ここに来る前は都内の墨東病院に入院していたという。
「武田節って知ってる?」
「いや知りません」
「そうか。この山梨の歌でね、戦国時代に武田信玄が戦を前に宴を開き、勝利を誓ったとされる歌なんだよ。村田英雄が歌っている」
「そうですか」
「一回歌ってみるから聴く?」
そう言うと唸り始めた。ズシンとくる重量感のある歌でうまいと感じた。
詩吟を挟んで三番まで歌ってくれた。
「うまいですねー。民謡やっていたんですか」
「そう、若い頃から好きでね。祝い事なんか人の集まりがあったり、仲間と仕事帰りに飲んだりしたときはよく歌ったものさ。どうだね、君もやってみるかね。私も頚損で呼吸の訓練に良いんだとさ」
「はい、やってみたいです」
「じゃあまず歌詞を覚えないとね」
そうして二、三小節ごとに歌ってくれた。その後に続いた。四日ほどして詩吟を含め覚えることができた。