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第三章 石和 別れとリハビリテーション
一カ月、二カ月、三カ月が過ぎ、転院してから四カ月近く、もう怪我をしてから十カ月になろうとしていた。聡子は殆どの日曜日見舞いに来てくれていた。午後一時頃になると聞き慣れたスリッパの音で、彼女のいつもの顔が自動的に目に浮かび嬉しさで胸の高鳴りを感じたが、同じように息苦しさを覚えるようにもなっていた。いつものように部屋を去ってゆくまで元気さと明るさを見せていたが、ときには振る舞っているだけのときもあった。重苦しい何かが胸に潜んでいるような日々が少しずつ増え続けていった。この病院に入院した当初は彼女の来院を一日千秋の想いで待っていたが、嬉しさから苦しみへと変わっていくのも実感できた。
十二月末院内でクリスマスの祝いが催され、誘われるままに介護をしてくれるおばさんに車椅子を押してもらい、椅子や机を取り払った会議室に入った。既に大勢の患者やその付き添いさんたちで埋まっていた。奥の壁に沿うように小さなステージが作られていた。
ステージの横にマイクを持った若い看護師さんが顔を赤らめて、出番を待つスタッフや出し物を大声で紹介していた。歌や寸劇が終わるたびに盛大な拍手や、やや品のない掛け声、ときにはピーという指笛も飛び交い、およそ病院らしからぬ熱気と盛り上がりが充満していた。
始まって一時間近く経っただろうか、一つの病棟の看護師さんたちによる歌に合わせた演劇が始まった。
幼馴染の二人が大人になり、やがて結婚して幸せな家庭を築いていくというストーリーを汗をかきながら熱演している彼女たちを見つめていた。そこには病院のイメージを払拭するような楽しさや温かさが詰まっていて、看護師さんたちの患者を励まそうとする気持ちも一人一人の仕草や表情から伝わってきた。
じっとステージに見入っていたが、やがて突然涙がまなこを覆い、舞台の絵全体が歪んでしまった。涙は止まらなかった。あたりは熱気と笑いで満ち溢れていたが、自分自身の心の中は孤独感で埋め尽くされていた。場が盛り上がれば盛り上がるほど気持ちは冷めていった。
(なぜ俺がこの場にいるんだ。どうしていなければならないんだ)
長い間抑えていたものが込み上げてきた。ずっと長い間恐れ閉じ込めていた蓋が剥ぎ取られた。そうか、結局は治らないんだ。俺の足は二度と立って歩くことを許してくれなんだ。俺の十本の指は二度と箸を持たせてくれることはないんだ。随分長い間張りつめていた「元に戻る」という思いが音を立てて崩れていった。車椅子で病室に戻り、布団を深々と掛けてもらい泣いた。動けないことがいつまで経っても諦められなかった。
次の日、何かが変わった。何もする気が起きなかった。次の日も、その次の日も心は動かなかった。夜、毎日のように泣くことが続いた。