次の日の午前中に主治医が訪問したとき、ありがたいことに苦痛表情が緩んでいたので、「今やりたいことはありますか?」と質問してみました。
すると、「作り方を息子に伝えたいので、餃子を作りたい。今日!!」と言うのです。この言葉でスタッフ一同にスイッチが入り、その日の午後の餃子作りプロジェクトが動きはじめました。
その日の午後四時、一日の仕事を何とかやりくりし、主治医と看護師、担当の理学療法士がDさん宅に集合しました。Dさんに味つけやつなぎなど、作り方を一つ一つ伺いながら餃子の種を作りました。
「何だったっけ……? 忘れた。あっ思い出した。ごま油よ!」
とDさんは目を輝かせて話し、餃子作りに集中しはじめました。息子さんがかかえて椅子に移動させ、座位をとり、餃子の種と皮を目の前に持ってきて、一緒に餃子を作りはじめました。
やる気満々で眼鏡をかけ、「こうよ!」とDさんは真剣な表情で餃子を二個作りました。焼き上がった餃子を少量口に入れたところで、「入れ歯を持ってきて!」とおっしゃいます。
久しぶりに入れ歯を入れたしっかりした顔つきで「食べるよ!」と言い、そして「おいしい。最高!!」と満面の笑みを浮かべました。一個の餃子を少しずつ食べ、いつもの吐き気もなく食べ終えることができました。
かつて仕事を持っていたDさんは、子どもたちのために休日によく餃子を作っていたそうで、息子さんも時々手伝っていたようです。Dさんにとってはリラックスタイムの味が餃子だったのです。
息子さんからは、感謝の言葉とともに「母の体が悪くなってからは、写真を撮る気持ちにはなりませんでしたが、今日の様子を写真に残せてよかったです」という言葉をいただきました。息子さんにとっても、看病を違った方向から見ていただく、よい機会になったようです。
次の日からは、自分のためにリフォームされた自宅トイレを見に行ったりして、Dさんは前向きに過ごしていました。しかし、餃子作りから三日後、やりたいことをやり終えたように、Dさんは家族に見守られながら旅立ちました。
初診から二週間足らずの短いかかわりでした。