【ハローワーク】
「五十三番の方、八番の窓口までお願いします」
初めて入ったハローワークは、無味乾燥な空気の中、順番待ちの人が犇めいていた。
よく見ると若い人が多い。俺みたいなおじさんはあまり見かけない。就職率が高いとニュースで言っている割には、若者が多いのに少し驚いた。一億総活躍社会にはほど遠く、政治家の独り善がりはいつの時代も変わらないなと実感した。
本気で定年後の就職先を見つけるつもりじゃなかったが、四十年近く払い続けた雇用保険を少し返してもらうため、失業給付金の手続きに来たのだった。
それにしてもベルトコンベヤーのように人が流れていく様は、何か空しいものを感じずにはいられない。ハローワークの職員も本気で相談に乗っている節は無く、コンベヤーで流れてくるジャガイモを仕分けしているようで滑稽だった。
一通りの手続き方法を聞かされたのち、月二回の就職活動が必要らしいことを告げられた。
「何かご希望の職種か会社はありますか?」
生真面目そうな四十代と思しき男性に質問され、一瞬考えてはみたが「特にありません」と答えた。が、何気なく二十代の頃にホストクラブへ勧誘されたことを思い出した。
助平心とチャレンジ精神に後押しされ、思わず「ホストクラブの募集なんかあります?」と、真顔で答えていた。
目の前の職員は一瞬固まりながら、ゆっくりと裕也の目を見た。
「六十一歳でしたね」
ハイ、と笑顔で答える私から視線を外しながら、この親父ボケとんのかというように目じりが痙攣している。
「ちょっとありませんね」と面倒くさそうに答え、「取りあえず、あなたが今まで勤められた職種の延長線上でお探しになってはいかがですか?」とつっけんどんにあしらわれた。
結局、その日は必要な手続きと雰囲気を覚えただけでハローワークを後にした。
今は便利な時代で、家のPCでも求人検索ができる。もちろん事前にハローワークで必要な手続きがいるのだが、わざわざ足を運ばなくても一通りの求人先は家でも見ることができる。
一度面接を受けようと、ハローワークで登録したIDとパスワードを打ち込み、検索条件を入力する。
年齢は六十一歳、営業職、給料希望額手取りで二十三万円、勤務時間は午前九時から午後五時、週休二日、勤務地、自宅近隣の鉄道路線。
すると、一二○○件がヒットした。
意外と求人している企業が多いんだなと感心するも、募集年齢上限が六十歳となっている。
「なんだ、おじさんの募集はないじゃん」と改めて高齢化社会の現実を思い知らされた。
現役時代は入社後、本社の経理課を経て、営業、生産部門を経験した。高卒とはいえ、真面目に一生懸命働いたためか会社の評価も良く、定年間近には支店長を務め、最後は子会社の社長まで勤め上げた。出世欲が無い割に、サラリーマンとしてはまあまあの路線を歩んできたと思う。
自分で評価するのもなんだが、結構器用なところがあり、希望職種は特に限定しないでもやって行ける自信があった。しかし年齢的な体力の衰えを考え、力仕事は除外する条件で検索した。
「お! あった」
希望職、営業、年齢六十三歳まで給与二十五万円、午前八時から午後五時まで。勤務地は自宅から車で十五分。
ピッタリじゃないかと早速ハローワークへ出向き、希望する会社の面接を申し出た。
所内は相変わらずの人の流れで、今日はスーツにネクタイ姿の一見、五十代と思しき男性もいた。この人はどんな理由で失業したんだろう? 首になったのか、それとも会社が倒産したのかな、いずれにしても五十代の就職もなかなか難しいだろうと同情しながら、自分は少なからずも定年を迎えるまで勤め上げたことに少し幸福感を覚えていた。
しばらく人間ウォッチャーをしていると、「一四五番の番号の方。二番の窓口までおいで下さい」とアナウンスされた。俺だ。
今日の担当は五十代と思しき女性だった。
「いらっしゃいませ」
いきなり笑顔で出迎えられた。