「でも、家族が皆そばにいて、一緒にお仕事もするって、すごく幸せなことではないでしょうか」

「多恵ちゃんの言うことは良く分かります。それはそのとおりだと思います。でも、私は、学校にいる間、何か大きいことをしたいと夢見ていました。一生の間にこれだけのことをしたのだと自分で満足のいくようなことがしたいと思いました。そしてそれは、やはり自分の選んだ仕事を通じて達成するものではないかと思ったのです」

「でも、謙一さんは、二年くらいの経験とは思えないくらいお茶のことにも詳しいし、お茶のお仕事を本当に一所懸命やってこられたのだとつくづく感じました」

「目の前にあることをしっかりやらなくてはいけないということは、昔から自分に言い聞かせながらやってきたつもりです。でも家の仕事が面白いと思ったことは、正直言ってあまりありませんでした。

もともと私はお金儲けには向いていないのかも知れません。お茶の仕事で目標とすることと言えば、商売を広げて少しでも儲けを増やすことです。それを上手にやっている同業者もいます。しかし、その分野が上手な人たちに不可欠なのはずるさであり、ある程度手段を選ばずという面がないとやっていけません。自分は、どうしてもそこまでやろうという気分になれませんでした。そのために、やるべきことはやるにしても、人生における目標のようなものを家の仕事に見つけることはできなかったのです」

多恵子が何でも熱心に聞いてくれるせいか、杉井は他の友人にも話したことのないような自分の考えまで多恵子に話すようになっていた。


「では、謙一さんは、その目標を軍隊の中で見つけようとされているのですか」

「私は一生を軍に捧げ、生きがいを軍の中で見つけようとは思っていません。徴兵検査に合格した時も、入営を周囲から祝福されて送り出された時も、特に嬉しいとは思いませんでした。

しかし、ここへ来てみると、生活は非人間的ではありますが、とにかく有難いことに軍の方で短期的な目標を与えてくれました。幹部候補生になるための検閲もそうでしたし、これから受ける甲幹になるための試験もそうです。周囲と競争しながらより上位を目指していく、これをやっている限りは、充実感もありますし、精神的にはかえって楽な気がします。もちろんあくまでも短期的な目標なので、学校にいる頃に考えた人生の目標とは違ったものですが」

「その人生の目標というのは、例えばどんなものなのでしょう」

そう訊かれて、杉井は頭をかいた。