第一章 小樽 人生の転機は突然に

彼らが病室を後にしてすぐに、鏡を見せてほしいと頼んだ。

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「見なくてもいい」と父は答えたが「頭を見せて」と強く頼んだ。病室を出て行った山本の態度も気になったが、頭部にずっと違和感があったからである。

「こうか」と言いながら父は鏡を目の上にかざしてくれた。山本が吐きそうな格好をして部屋を出て行った理由がすぐに分かった。自分もまた吐きそうになった。

丸坊主にそられ、赤褐色でやや緑がかった色の消毒薬が塗られ、ところどころにかみそり負けをした血が滲んでいた。事故を起こしたとき薄らいでいる意識の中で頭に刺すような痛みを感じたのはこれだったのだ。

後で知ったのだが、あのときの鋏の音は身につけていた衣服が切られる音であった。さらに頭頂部には二本の細い金属が頭皮に食い込んでいた。頭が何かに引っ張られている正体だった。その先に二キロの錘がついていることを父は話してくれた。

その後数日経つと、錘が五百グラムずつ増え、いったんつけていた錘をはずすときに頭が両肩の間に潜り込んでいくような非常に強い苦痛を覚えた。

「今日また錘一個増やすからね」

と笑顔で言ってのける先生の言葉を聞くたびに、泣きそうになる。また増やされた直後も、頭が抜けていくのではないかと思えるほど強い力で引っ張られていくことの気分の悪さもたまらない。

しばらくして両肩に少し力が入るようになってきた。さらに一日、二日すると肘が少し上がるようになってきた。よーし、だんだんと動いてきたぞと思いながら手に力を入れる。

この頃なぜか首から両肩にかけてピリッ、ピリッとした強い痛みが一日に何回も走った。先生に原因を聞くと

「よく分からないが神経が抜けていくのでは」

と話していた。三人の看護師さんが来て仙骨部の褥瘡の手当てをしてくれた。その中の一人は准看護師のようで、動作がぎこちなく

「きみえちゃん、そうじゃないっしょ」

と言われながらも真剣な表情で先輩の指示に従っていた。仕事に対する余裕は全く感じられなかったが、時々見せる笑顔に心の重さが減っていくような気がした。入院から十日ほど経ったであろうか、ドアのノックとともに吉越が来てくれた。上野駅以来であった。

「やあ……」

とだけ言うとすぐに視線をそらせる。

「うん……ありがとな」

「みんな、心配してたぞ」

「そうか」

「あいつのことだから、またすぐ帰ってくるだろうとも言ってたよ」

「うん」

「小野塚や清美と白井も来たがっていた」

「そうか」