相変わらずぶっきらぼうな話し方しかしなかった。お互いに何を話していいものやら躊躇しながらも、夜には疲れるまで彼の話を聞き、自分でも話そうとした。ただ喋ろうとしても息苦しくてうまく話せないときは「大丈夫か」と顔を曇らせてくれた。
「手が少し利くようになってきたんだ」
と動かしてみせたが、彼からの言葉はなく表情も変えなかった。吉越は三日間いてくれ、帰る日、
「何かすることはないか」
と声をかけてくれたので、
「頭が痒くて」と言うと、「ここか、それともこっちか」と掻き始めた。
「違う、違う、もっと奥だ」
「贅沢言うな、入らんよ……待てよ、これならどうかな、なんとかなりそうだ」
と独り言を言いながら床頭台にあったスプーンを取り、後頭部に差し込んだ。
「おい、それは俺が食わしてもらっているときのだよ」
「余計なこと言うな、洗えばいいんだから」
「それもそうだな、だけどあまり気持ちよくねえぞ」
「贅沢言うな」
痒さは治まらなかったが、スプーンの尖から伝わる友の情が嬉しかった。
「じゃあ俺、帰るから」
窓を見ながら後ろ向きで言うと、そのまま顔を伏せて病室を後にした。通りすがりに見た友の横顔は目が赤く涙が滲んでいた。
数日後、安藤先生から連絡が入り、学長が札幌に来るついでに見舞いに来てくれるとのことだった。父はやや緊張して黙り込んだがしばらくして、
「床屋に出かけてくる」
と病室を出た。戻ってくるなり、「これどうだ」と湯飲み茶碗を見せてくれた。
「大学の学長さんがわざわざ来てくれるのに、これではな」
病室で使っている小さな湯飲みをもう一方の手で指さして言った。
「九谷焼とはいえ結構するもんだなー」
父はまんざらでもなさそうな表情だった。
二日後、学長がやってきた。入学式で見たときよりもやや小さく感じられた。年齢の割には若く、浅黒い顔に健康さが滲み出ていた。この人があの富士山を何度も駆け上った人物なんだ、と話を聞きながら山を登る姿を想像していた。
怪我のことには触れず、自分の若い頃の苦労話をしてくれた。
やがてニコニコしながら、「頑張るんだよ」との言葉を残し十五分くらいで去っていった。