「今日はつまらない試合になりそうだ。勝負は戦う前から決まっている。」

そんなことを言う者さえ少なくなかった。試合が始まると予想通り、ドッペルゲンガーであるタクは、容赦なくミコトに襲いかかって来た。大きな剣をミコト目掛けて振り回している。

この剣が、ほんの少しでも体に触れたら、ただではすまないだろう。しかし、ミコトの動きの速さは、皆の想像を見事に裏切った。

その素早さは、もはや普通の人間のレベルではない。どんなに偽物のタクが剣を振り回そうが、一向にかすりさえしないのだ。場内には、ピリピリとした空気が流れ始めていた。

もう、声を上げる者さえ誰もいない。その場にいた全ての観客が息を飲んで、ステージ上のミコトの動きを食い入るように見つめていた。

タクもまた例外ではなかった。それは初めて見る、ミコトの戦う姿だった。その時やっと、ミコトの恐るべき、桁外れの身体能力の高さを思い知らされた。

偽物のタクが怒り狂い、リングの角にいるミコトに剣を振り下ろしたその時だ! 誰もが、目を疑った。

「消えた!?」

ミコトの姿が突然、見えなくなった。消えたのではない、あまりのスピードの速さについていけず、錯覚をおこしたのだ!

その時すでにミコトは、敵の背後に回り込んでいた。次の瞬間! ミコトのナイフが、偽物のタクの筋肉質で硬い背中に、垂直にグッサリと奥深く突き刺さり、その大きな体が前に倒れ込んだ。

ミコトの勝利である。

会場はシーンと静まりかえっていた。あの小さなナイフが、柄の部分ギリギリまで、偽物のタクの背中にガッツリと突き刺さっている。よほどの強い力が加わらない限り、こんなことは不可能だろう。

ミコトの強さは測り知れない。まさに、圧倒的だった。もしもミコトを敵に回し、本気で怒らせたらどうなるのかと思うとゾッとする。いくら何でも強すぎる……。

タクは全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。コロシアム会場の真ん中で、ミコトは何事もなかったかの様に微笑み、照れ臭そうに小さくガッツポーズをとっていた。

その日の会場は、いつまでも拍手が鳴り響いてやまなかった。