武蔵警察署 地域課 石黒
地域課に異動して何年だろうか。今年も忙しい季節がやって来た。神宮武蔵山脈のほとんどの地域がこの武蔵市の管轄。冬場も遭難はあるが、最も多いのは春から秋にかけて。
有償ボランティアの地域の山岳捜索隊と協力して、日々武蔵山脈の安全を見守っている。身体を張って。六月末。遭難した登山者はまだ経験三年目の初心者だった。
杜都市から車で来て、登山計画によると、「毘紐天→火口→青田岳→虎岳→追分→きつね温泉跡→鬼塚→毘紐天」と、回る予定だったらしい。
しかし、車があったのは鬼塚だった。登山計画と違う。鬼塚から毘紐天までは登山道もあるが自動車道で直線。さらに、きつね温泉跡から鬼塚へは難所が続くが、最後の道は舗装されており、大人の足で十五分ほど。
帰りを考えると鬼塚に戻った時に、その駐車場に車がある方がよい、と考えコースを変えたのかもしれなかった。さらに、登山者が登った日は天気は良かったが平日の火曜日。
これが土日や祝日ならたくさんの他の登山者がいて、目撃情報を得るのにさほどの苦労も無かったはずだが、平日ということもあり、情報を得るのは難しかった。
翌水曜日の朝七時から捜索が始まった。石黒は地域課長の坂崎が別の案件で武蔵警察署を動けないとのことで、朝から現場の指揮にあたった。当初登山者の車がある鬼塚を拠点とした。
その日の雨、嵐で、臭いが消えて警察犬は使えない状況になっていた。県警のヘリコプターは、あいにく修理中で使えない状況にあり、やむなく出羽県警にヘリを要請した。木曜日には晴れるかもしれない。
山の天気と地上の天気は全く違うとはいえ、県警のヘリが使えないからといって、捜索に一度もヘリを飛ばさないわけにはいかないだろう。同じ武蔵山脈とはいえ、まったく違う顔を持つ神宮武蔵山脈。しかし、出羽県警のヘリに任せるしかなかった。
さらに平日ということで、山の案内人の山岳捜索隊が仕事をしている者が多く、ベテランとはいえ六十代以上の者、六人しか集まらなかった。案内人が少ないので、実際の捜索をする警察官の安全、二次遭難にならないように、困難な道は無理ができなかった。
木曜日、捜索二日目、朝六時から警察・機動隊・陸上自衛隊・消防団の捜索が始まった。前日まだ歩いていない登山道を七十人態勢での捜索。
しかし、山岳隊の人数が今日も六人。案内人が足りない。さらに人数を増やしたため、鬼塚より大きい「駒草」駐車場に捜索本部を移した。