東京:逃亡劇

幼い頃から数年経つと知らない街に行くという人生だった。私は住居を転々とすることが得意だった。それが一人も知り合いのいない街でも平気だった。

どこの土地へ行ってもやって行ける自信があったのだろう。初めて一人暮らしをしたのはススキノの外れにあるアパートの四階。間取りは一DK。そこにピアノを運び込んで私は学校へも行かずに友達と遊びほうけていた。

近くにはセブンイレブンがあり、ススキノの中心地までおよそ徒歩十分。三十六号線沿いを歩けばもうそこはススキノだった。遊ばないわけがない。しかしそんな生活は長くは続かず、私は結局追い出されることになる。

「今日中に出て行かないと売り飛ばすぞ!」

アルバイトを無断欠勤したのだ。

一気に部屋にあるものをゴミステーションに移動させた。そして大事なものだけを一つの大きなダンボール箱に詰め込み、私は逃げた。ダンボール箱を引きずって、とにかく逃げた。ピアノは置き去りにした。

楽譜だけを抱えて私は駅の高架下へ行き、ファミレスへ行き、友達の家を転々とし、車を持っている人をあたり、二十四時間営業のファーストフード店を探し、とにもかくにもホームレスになった。そしてその日暮らしを続けた。日雇のバイトをして、その金でその日の寝床を決めた。

怖いおじさんが経営している飲食店で年齢を詐称して働いて、寮にまで入れてもらったのに、彼を怒らせて追い出されたのだ。

その怖いおじさんは私が逃亡した後アパートを訪れ、「アイツ、ピアノをやっていたのか……」とご丁寧に私の保証人の元へピアノを搬送してくれた。

しかし、そのピアノは私の知らぬ間に保証人によって売り払われた。のちに保証人は電話番号も変わり、住居までも変わっていた。

保証人は、実は私の住むアパートの近くの高級マンションの最上階に住んでいたと知ったのはそれから五年後のことだ。その五年間で何度ホームレスを経験し、何度職を変え、何度住居を転々としたことだろうか。それはもう、遠い昔の記憶である。

お陰で私は逞しく育った。今は、車とぬいぐるみを家族としている。