彼女の名はウズメといった。講義中、ウズメはしばしば盛江に視線を送った。盛江もニヤケ顔を返す。ユヒトがウズメに縄文の言葉で「前を向きなさい」と注意すると、彼女はハッとして頬を赤らめた。どんなに鈍臭い人間でも、二人ができていることは丸分かりだった。もっとも、このおかげで講義の雰囲気が硬くならずに済んだ。

二人の話題がきっかけになり、集落の代表者同士の間にコミュニケーションが生まれた。二十の集落は従来ほぼ没交渉だったから、これは大きな変化といえた。

とある晩、ユヒトを含め各集落の代表が帰ったあと、笹見平の主導部たちは会議をもった。

林はみんなの顔を一望して言った。

「岩崎君はこの間、貨幣は最初タダで配布するって言ってたけど、具体的にはどうするの? タダでお金を撒くなんて、ぼくには何が起きるか想像もつかないよ」

「誰だって想像できないよ」岩崎は答えた。

「火や言語同様、貨幣の起源なんて誰にも分からない。きっと必要に応じて徐々に生まれてきたんだろう。俺たちはその何千年分の経過を一気にやろうとしてるんだ。多少の無理は承知の上だ。とにかく、貨幣経済を広めるにはまず市場に貨幣が行き渡っていないといけない」

「いくらなんでもタダってことは無いと思うぜ」盛江が言った。

「最初っからそれじゃ、ありがたみがなさすぎる」

「確かにそうだが、かといって、最初から手に入れづらくすると広まらないぞ」