根本里奈は四十七歳。母親節子は八十一歳。父親は二年前に他界した。それから一人暮らしの節子を世話するのは三人兄妹の真ん中の里奈がほとんどだった。三人共結婚して実家を離れた。富士市内に住んでいるのは里奈だけだ。兄と妹は県外。と言っても隣の県で車で二時間程度で帰って来られる。緊急のときは駆けつけてくるが普段は里奈が節子の世話をしていた。
父親の死後、自筆遺言書があったため、遺産は全て節子が受け取った。しかしそのお金は、悪徳商法に騙されたり、銀行員の横領事件も起こって取られてしまった。しかし、警察には届けず、節子は泣き寝入りしていた。そして何カ月もたってから里奈に言った。
「銀行の人に百万預けたんだけどね、そのお金は預かってないって言うんだよ」
「それ、いつの話?」
「三カ月くらい前の話だよ」
「それで、警察に言ったの?」
「言ってない」
「言わなきゃだめでしょ!」
「ああ、そうか」
「それ、ほんとに取られたの?」
「本当だよ! 確かに貯金するようにその人に預けたんだから」
その言葉も真実かどうかは里奈にはわからない。しかし、セールスに無理やり買わされそうなときだけは里奈が気づいて断った。特にしつこいのがシロアリ駆除の人間だ。毎年来ては高いお金を払わせる。去年もやってもらったばかりなのに、また今年も来て五十万円のところを二十万円にするからと床の工事をすることを勧めてきた。しかし里奈は節子にお金を持たせないようにしてどうにかシロアリ駆除の会社にお金を払わずに済んだ。
そうは言っても油断はならない。年寄りの一人暮らしは何かと物騒だ。里奈がお金を預からなければ節子は何度でも騙し取られてしまう。そればかりではない。兄や妹がお金がないからと節子に借りに来ることもある。そして節子がこっそりお金を渡して返して貰ってないことは里奈にはわかっていた。だからこそ預からなければならないと思った。
節子の貯金は全部で四千万円以上あった。実家の土地家屋も合わせれば軽く五千万円は残るだろう。それ以外にもタンスに百九十万円のヘソクリと生活費として八十万円の持ち金がある。それを通帳に入れようとすると節子は極度に嫌がった。
「これはね、私が病気になったときのお金、島田さんに入院すると百万かかるんだってよ、だからこれはうちに置いておくんだよ」
「百万? 一ぺんにそんなにかからないでしょ?」
「かかるんだってよ、だからここに置いとくんだよ」
里奈は島田医院に電話で聞いてみたが、そんな話はないと言う。節子の作り話だろう。