「滑落したら、捜してくれないんですか?」
車から降りて警察の車を見つけ、石黒に挨拶をする。石黒はすぐに、陸自・消防団・機動隊の隊長が集まっている本部に案内した。良典と明純は、一人一人に頭を下げ、現在の状況を聞こうとした。口火を切ったのは陸自だった。
「現在、登山道を全て歩いて捜しています。道の上しか捜せないので、滑落した場合は捜しませんので」
滑落した場合は捜しませんので?
「滑落したら、捜してくれないんですか?」
陸自の隊長らしきその男は、明純を一瞥すると山に向かって指差し、声を上げた。
「険しい場所は捜せないでしょう。未だに行方不明の人もたくさんいますから」
滑落したから、みつからないんじゃないの?
武蔵山脈の山々は緑深く、曇った空にヘリコプターも飛ばせず、山に詳しくない素人軍団には、地図上の登山道しか捜すすべがなかった。
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『駒草 ―コマクサ―』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
人物紹介
岬 良典(みさき りょうすけ)……六十六歳
岬 明純(あすみ)……良典の妻 還暦
岬 兵庫助(ひょうごのすけ)……良典・明純の長男 東京都在住 プログラマー 愛称・ヒョウゴ(尾張藩師範・柳生兵庫助・柳生宗矩の兄の息子の名より)
岬 瑠布乃(るうの)……兵庫助の妻
岬 蒼輔(そうすけ)……兵庫助の長男
岬 霞音(かおん)……兵庫助の長女
岬 伊織(いおり)……良典・明純の次男 千葉県在住 医師 愛称・イオリ(宮本武蔵の養子・宮本(三好)伊織より)
岬 晶那(しょうな)……伊織の妻
岬 累矢(るいや)……伊織の長男
岬 那瀬(なせ)……伊織の長女
岬 索良之介(さくらのすけ)……良典・明純の三男 神宮県在住 看護師 二十七歳 愛称・サクラ
岬 リョウ子……良典の母・十五年前に九十三歳で亡くなる
沢井 幸三(さわい こうぞう)……明純の父 八十七歳 重度の認知症
沢井 冬子……明純の母 八十五歳 老々介護をしている
沢井 一道(かずみち)……明純の弟 東京都在住 五十五歳