その中の一人の採用を決定し、「明日TOTO岡山支店に八時に来てください」と伝えました。翌朝、支店長や営業所の担当の方たちに紹介しました。もうその日から彼はTOTOの担当者と同行です。私は翌日にはそこにいませんので、岡山営業所の人たちにお任せでした。半年ほどの同行で独り立ちすることになりました。
九州で採用した設備関係の修理経験のある人を岡山に派遣し、三人になったところで、岡山に事務所を借りることになりました。と言っても、古い市営住宅の畳の部屋です。後に、ある従業員が飲み会の席で、「面接に来た時は、こんなところで働くのかと躊躇しました」と語っていました。
そういえば、我が社の営業所は狭い畳の部屋から出発したところがほとんどです。シリコンバレーのApple、Google、ヒューレット・パッカードも、始まりは自宅の「ガレージ」だったそうです。そこから彼らは世界進出の夢を見て、それをみごとに実現させています。
「我が社も畳の部屋から世界へ」広がっていければいいなと、次世代に夢を託しています。
九州から岡山に派遣した三人のうちの一人であった秋山君が体調を崩し、入院しました。ところが隣のベッドに入院していた青年と仲良くなり、秋山君が「うちに来ないか」と声をかけたところ、快諾してくれ、一緒に働くことになりました。その青年は当時、寿司屋に勤めていて、夜遅くまでの仕事がきついので転職したいと思っていたようです。彼も全く違う業界から入ったのですが、やがて弊社のトップクラスの売上を達成するようになりました。