突然に怒りが込み上げてきた。太郎のあの口調と、あの容姿、そしてこれまでの態度に、どうしようもない嫌悪感が込み上げてきたのだ。いや、太郎だけではない、周りの者すべてに対する憎しみかも知れない。自分が抑えてきたものが噴き出したようだった。それは奔馬のように手に負えないものだった。ぼくは今まで、この感情をどうして抑えて来なければならなかったのか、なぜ愛想笑いでごまかしてきたのだろうか。
それはぼくにとって、ひとつの光のような気がした。何かから自由になりたかった。そのひとつのオモシが太郎のような気がした。
ぼくは電気を点けて、押し入れを開けた。サムはちょこんと座っていた。
「ヤア」
サムはぼくに向かって挨拶をした。
自転車置き場で、太郎がぼくの前に立った。
「なあ、話してくれたよな」
「何を?」
「鴇子のことだよ」
「ああ」
当然鴇子には何も伝えていない。
「メンドクサイヤツ」。サムが呟いたのが分かった。
「何か言ってたか、オレのこと」
「べつに」
「べつにって…」
「あいつ、そんなことで、どうのこうの言わないしな」
「そうか…」
「でもな、心の内は分からないぜ」
「そうか?」
「ああ、明日の夕方、丸山公園」
「えっ、本当か」
「ああ、四時だ」
「やっぱり久志は本当の親友だよ」
親友…何が親友だ。
「ありがとう。お礼にコーラおごるよ」
「いや、いらない」
太郎をおいて、そのままぼくは自転車を走らせた。
後ろから大声で「ありがとう」と太郎が叫んだ。