「出征が目の前の現実になると、やっぱり怖いね」
うなずきながら、杉井が後ろを振り向くと、山口が座っていた。二番砲手にも選ばれ、おそらくは幹部候補生になると自分では思っていた山口は、やはり悄然としていた。変に気を使うことはかえって逆効果とは思ったが、杉井は敢えて声をかけた。
「山口。運良く合格した俺が言うのもどうかと思うが、元気を出せよ」
山口は、寝台に座ったまま杉井を見上げ、努めていつもと変わらぬ表情を作るようにしながら言った。
「結果は結果として受け止めなくてはいけないのは分かっていても、やはり何がいけなかったのだろうとか、くよくよ考えてしまうんだよね。今まで何故合格したいかともし訊かれたら、なるべく上位の立場で軍に貢献したいからときっと答えていたと思うんだ。けれど、本当のことを言えば、あまり下っぱでこき使われるのは嫌だとか、出征もなるべく遅いほうが良いとか、そういう気持ちが強かったように思う。今度落ちたのも、そういう気持ちでいる自分に、そんな根性でどうすると神が戒めてくれた結果のような気もするんだ」
「そういう気持ちはごく自然で、そう思ったからと言って誰も責めるようなことではないだろう」
「ここで上官のシゴキにあっていると、この階級社会で下っぱにいたら大変だと思うよね。それから、出征もいずれはすると分かっていても、いざ目の前の現実になると、情けない話だけれど、やっぱり怖いね」
「それも情けないことではない。何の恐怖感もなく、意気揚々と前線に出かける人間なんかいやしない。俺だって戦地に行かなくて済むならその方が良いと思っている」