「うん、うん、え、そいつはまずいな。今来客中だが、一寸断って別室でかけるから、三十秒ほど待ってくれよ」
村上は受話器を置くと、
「ちょっと、十分ほど待っていてくれないかなあ。これまた恐ろしいことがおきてね」
ちっとも恐ろしくなさそうにそういって笑うと、そそくさと別室に行ってしまった。風間は苦笑いしながらそれを見送った。
時計を見ると、もう十時を過ぎている。このごろ、風間の周りでは不思議なことばかり起こる。
何か運命のようなものでもあるのだろうか。運命といって悪ければ、偶然を引き寄せる素質が、自分の中にあるのかと思いたいぐらいだ。
大学時代、風間はいたって淡白な人間だった。将来お金を儲けたいとか、人との競争に勝ちたいという欲求に欠けていた。
政治や経済といった男の世界に興味がなく、小説を書いたり、芝居をしてばかりいた。きっと、体が弱かったからだろうな、と風間は思う。
育ったのは、郊外の団地だった。会社人間の父と、歌を歌ってばかりいる専業主婦の母は、四十の声を聞くまで子供が出来なかった。風間はようやく授かった一人っ子だった。