第二部 教団~1
ジャンパーの男は運動会が始まると、こっそりとドームを後にした。それにしても、四万人の人々が唱和するエネルギーはすごいものだ。この一日だけならいいが、一年間この熱気の中ですごしたら、僕も本当に華水教の信者になりかねないな。
そんなことを思いながら、彼はつい十数時間前に会った戸隠仁聖の声を思い出していた。それは今までに聞いたことがないような太く暖かい声だった。
「僕の負けだな」
自嘲気味に呟くと、男は通りかかったタクシーを呼び止めた。これから、駒込の村上家に行って、華水教についての報告をしなければならない。
だが、そのまえに集めた資料を整理しなければ。それにしても、戸隠仁聖があの男と同一人物だなんて、村上は果たして信じてくれるだろうか。彼は真昼と言うのに目の前の空間を、まるで深い暗闇を覗き込むようにして覗き込んだ。
第二部 教団~2
夜の八時ごろ、ようやく資料をまとめた風間は、駒込の村上家で村上覚と向き合っていた。村上は黙然として、風間の語る長い話を聞いていた。風間は話をこう締めくくった。
「それで、肩をぽんとたたかれてだね、まあ、君もまだ若い。人生には出会いもよい書物もまだまだある。くよくよしてないで勉強するんだよ、って送り出された。もう三十五歳になる大の大人がだぜ。正直言ってあのときほど悔しかったことはない。悔しいが負けた。人間の格が違う。僕にはどうすることもできなかったよ」