新兵
二月の第一日曜日、初めて外出の許可がおりた。あらかじめその日外出ができる旨静岡に手紙で連絡しておいたこともあり、午前九時に営門を出ると、たえが一人で、大きな風呂敷包みを抱えて不安そうな面持ちで立っていた。
「お母様、ご苦労様です」杉井が敬礼をすると、たえは思わず涙ぐんだ。杉井は、市街のほうへ向かってたえと肩を並べて歩きだした。
名古屋城内には第三師団司令部、歩兵第六連隊、輜重兵第三連隊、野砲兵第三連隊が常駐しているため、軍関係者の人数は膨大であり、この日もすれ違う人間はほとんどが上官で、杉井は敬礼の手を下ろす間もなく、たえと満足に言葉を交わすこともできなかった。
一刻も早く積もる話がしたいと思い、通りかかった天ぷら屋の「八重幸」に入り、二階の座敷に上がった。万感胸に迫ったのか、たえはいつになく口が重かった。杉井と向かい合って座ってからも、しばらく無言で、杉井を優しく見つめていたが、やがてポツリと、「元気にしていましたか」と言った。