弥生編
村の真ん中にある広場は、大いに賑わっていた。
丘者(おかもの)の一団が、秋の獲物を持って、訪れているからだ。
丘者たちは、持参したシカやイノシシの肉と毛皮、鳥や兎、椎の実やそれを粉にして焼いた菓子、アケビや山葡萄、骨で作った腕輪や貝殻で作った釣り針、石の鍬頭や石斧などを広げ、それに対して、穫れたばかりの今年の米を壷や俵に入れた里者(さともの)たちと、お互い片言で楽しげに交渉をしている。
秋は、丘者にとっても実りの季節だが、丘者からは里者と呼ばれる村人たちにとっては、米を収穫してもっとも気前の良くなる時なのである。
しかも今年は豊作だった。
村の長は、一頭の立派な角のある大きな牡鹿と何羽もの山鳥を目の前に横たえ、どことなく悠然とした雰囲気のある、体格の良い丘者の若者に目をとめた。
手足が長く、鼻筋の通った顔だちにくっきりとあご髭と口髭を蓄え、鹿皮の短衣と脛を覆う靴を身に着け、弓矢を背に負っている。腕の立つ猟師であるに違いない。
若者の視線を追って、長はふと、すぐ隣の家の陰からも、若者を見つめている若い女が居るのに気付いた。
名をユィリといい、長の弟の娘だったが、村ではここ最近、若者たちの人気の一二を争う美人に育っていた。別に姪でなくとも、さほど大きな村でもなく、長が名前と顔を知らない者など居ない。それどころか長は、丘者にも見知った者が多かったから、このような若者を知らなかったのが意外なくらいである。
ユィリは、長が見ているのに気付くと、恥ずかしそうに俯いて隠れてしまった。
ははあ、と長は思わずにやりとした。
一人の村人が若者に近づき、交渉を始めた。若者は、米が欲しいのではないらしい。丘者との主な交換品には米の他に、塩や土器や布、米で作る餅や酒もあった。しかし、若者は首を横に振っている。
興味を覚えて、長は若者に近づいた。
「何が欲しいか?」長は、あまりうまくない丘者の言葉で若者に尋ねた。村人と若者は揃って長に軽く頭を下げた。若者も、彼が里者の長であるのを知っているのか、もしくは身に着けている玉石の首飾りや凝った顔の入れ墨から判断したのだろうか。