ロユユは、ダヌに先発隊を率いるように命じたが、ダヌは兵士たちと顔を見合わせ、自分たちだけで出発するのは嫌だと言った。考えてみれば、国を失くした役人のロユユに、もはや命令する権限はないのかもしれなかった。
それならば、とダヌに「残った者たちに準備を続けさせ、越軍が迫ったら脱出の指揮を執ってくれるか」と聞いたら、ダヌは「引き受けましょう」と言った。そして「越のやつらが来たら、引きずってでも、隊長の父母様を連れて行きますわい」と言ったのだった。
その翌日、空一面に雲が広がり、海は陰気な鉛色だったが、風は良く吹いていたので、ロユユは出港を決めた。出発を延ばしても貴重な食料が減るだけである。
見送る父母やダヌや残留組の兵士たちが見えなくなると、ロユユは、呉の王宮での位階を示す冠を海に捨てた。上衣は既に、行く先では使い道がないであろう他の全ての金目の物と共に、ダヌに渡してきている。
しかし、武官としての然るべき地位を示す、柄や腹に装飾を施された青銅の短剣だけは、手元に残していた。手放すには忍びない品であったし、なんといっても無事に着いた時に武器が要らないなどと、楽観はできなかったからである。