保科常務は人当たりの柔らかな、包容力のある方です。

私に東京に出てくることをあきらめさせようという配慮の気持ちからでしょうか、仕事の話はあまりしませんでした。

保科常務の気持ちは何となくわかったのですが、私には悲壮感はありませんでした。どこか霧の向こうに灯りを求めているような、わくわくする気持ちがありました。

四回目に出てきた時には、二、三日東京見物をしていました。関山部長に電話を入れ、「明日ご都合は……」と尋ねると、「どこをうろうろしているんですか、早く来なさい」と言われました。

ちょうど数日前に関山部長は弊社に電話を入れ、「東京にすぐ来るように」と言おうとしたところ、「社長は東京に行きました」と社員から聞き、すぐに来るだろうと思って待っていたのだそうです。

私は慌てて「すぐ行きます」と言い、虎ノ門のTOTOビルの六階に上がりました。関山部長と大島課長が待っていてくれて、「実は会議であなたのことが話に出て、どうするかということになり、大島課長が『やらせたらどうですか』と助け船を出してくれたんだよ」と、関山部長が私に告げました。

「今度TOTOが新商品として、ドイツのキッチンメーカーと提携してシステムキッチンを出すんですよ。その施工班が必要になったんです。やってみますか?」と急な話でしたが、私のポリシーが電撃のように反応し、「やります。やらせてください」と二つ返事をしていました。

「ところで人はどうしますか?」と関山部長。私は「今から探します」と応じました。保科常務も顔を見せ、にこにこしながら「やってみますか。できるだけ応援しますから頑張ってください」と激励してくださいました。

人は人を信頼して頼っていくことが大事です。何としてもやりたいというその強い思いが人の心を動かしていくのだといつも感じます。その当時は必死でしたので、その気持ちだけで突き進んでいました。