新兵
徴兵された杉井謙一は、予備士官学校における過酷な軍事訓練の日々が続いていた。入営した兵は、三ヶ月後に第一期の検閲を経て戦地に送り込まれる。中学校卒業以上が条件となる幹部候補生は、将校になるまでの経緯が異なる3つのグループに分類されていた…。
この作業なら、自分は他の人の5倍は効率良く処理できる!
入営して二週間が経過したある日、初年兵が全員厩舎で掃除と馬の手入れをしていると、馬の飼料の乾草を積んだ馬車が一台到着した。
荷台には、縦横八十センチくらいの真四角に針金のバンドで締められた乾草が山と積まれていた。馬車から降りた兵が乾草を厩舎の倉庫まで運んで積み上げる作業を始めると、
藤村から、「手のすいている者は手伝え」との指示があった。
初年兵たちは我先にと争って乾草の運搬に取り掛かったが、乾草の束は一つが四十キロもあり、更に手をかけるところもない。皆一つの束を二人がかりで抱きかかえるようにして運んでいる。
これを見た杉井は、この作業に関しては自分は他の人間の五倍以上の効率で処理できることを確信した。
杉井は荷台に歩み寄ると、家で茶箱を担ぎ上げていた時の要領で乾草を軽々と肩に載せ、倉庫まで運んで行って、やはり茶箱を重ねる要領で乾草をきちっと積み上げた。
二人がかりで、しかも片方があとずさりしながら運ぶのに比べれば、杉井の作業は極めてスピーディーであり、結果として、杉井は全体の三分の一の乾草の束を一人で処理してしまった。
何をやっても初年兵を叱りとばす野崎や藤村も、この時だけは驚嘆の表情で杉井を見ていた。
この功績が認められたせいか、次の週から杉井は班長当番を命ぜられた。当番になると、まず食事の際、炊事係が盛りつけた神尾軍曹の食事を目八分にささげて下士官室に行き、
扉をノックして、
「杉井二等兵、神尾軍曹殿の食事を持ってまいりました」
と言う。