日本のジャンヌダルク

教授の書斎に入ると、一昨日と同じように資料が山にして積んであった。しかし今日はメモ書きした紙片が山にはさまれている。なんだろうと思って見てみると、それはその山に積まれている資料ごとの評価だった。

どうやら磯部准教授が分類してくれたらしい。

「ああ、これは助かります」といいながらよく見てみると、「必読書」とか「不要」とか「要読書」という三段階に選別されているらしかった。沙也香はそのうちの「必読」と「要読」と書かれた文献の山を宅配便で送ってもらうように頼んだ。

できれば持ち帰れるものは持って帰ろうと思って探していると、ノートの山が目に留まった。一昨日、その中に書いてあることについて質問すると、山科教授からバカにされてしまったあのノートだ。沙也香はもう一度手に取り、ぱらぱらとめくって中を確認した。

彼女もふと思いついた着想などを書き留めておくことがよくあるが、高槻教授はもっと徹底していたようだ。沙也香は上に積んであるものから順に斜め読みしてみた。一番下のノートは数十年も前のもので、教授が研究をはじめたころのものらしい。

「これは大変な宝ですね」沙也香は感嘆の声をあげた。

「あの人はものすごく几帳面な性格でしたから。わたしは面倒くさがり屋でおおざっぱなんですけど」夫人は自分でもおかしいらしく、ゆかいそうに笑った。

「これもお借りしてよろしいですか」
と聞いたのは、そのノートの山にはなんのメモも貼り紙もされていなかったからだ。磯部は、これらの覚え書きは参考文献に入れる必要はないと判断したのかもしれない。

「ええ、どうぞ、どうぞ。必要なものはぜんぶ持って帰ってください」
「では遠慮なくお借りします」
といいながら、ノートを手にとってもう一度確認した。