禅の怪我は本人が言っているよりずっと深刻なのではないか。
賢一は、子供の頃から人の本質を見抜く事に長けていた。その人間がどういう性格で、何を考えているか? それは、大人しい性格から人を常に観察していた事が、そんな賢一を創り出したのかもしれない。
賢一は、禅と話をして理解した。口では大した怪我では無いように言っているが、禅の怪我は深刻で、バスケット選手としては致命的だと……そして、焦っている禅の気持ちが伝わってきた。だから、あの言葉が出た。
“アリのように地道に……”
禅も、それは分かっていた。しかし……。
“アリになれないキリギリス……”
華やかに生きてきた禅が、それを受け入れるのは無理だった。もちろん、禅が受け入れない事は賢一も分かっていた。
禅は今までに味わった事のない苦しみと闘っていた。怪我をして、手術が成功してから三カ月。リハビリを続けてきたが、まだ膝は完治していなかった。歩く事や日常生活をするのには問題はなくなってきた。しかし、かつての輝きを取り戻すには、まだ時間がかかっていた。
「もう冬が来る。そして一年生が終わる……」
無駄に過ぎて行く時間の中で、ただ焦りだけが募っていった……。一方の賢一は、ただただ、必死で勉強をしていた。