第一章 カンタレラ! カンタレラ! 一九一九年六月

グリマルディに関する報告書には以下のように書かれていた。そのスリムで浅黒い四十三歳の男は大家族の家長であった。ジェノヴァに広々とした住宅があり、郊外にも土地を持っていた。

彼は時々、カトリック教会に雇われて、デリケートで汚い仕事を行った。その中には、王族や外交官、外国人諜報員および目障りな目撃者の殺害もあった。

彼はありとあらゆる方法で殺すことを何とも思わなかった。毒殺、鉄環絞首殺、射殺とか。

でも、刃物を使った殺害を好むのは明らかだった。アンカは彼のやり方が理解できていた。刃物は静かで、確実に殺すものだった。

ただひとつの弱点がある。殺し屋はターゲットに接近しなければならないということだ。

そう、バチカンはプランクの死を願っていて、講演とテスラとの会談の前に実行されなければならなかったのだ。その真相を簡単に知ることができる自信があったが、それは自分にとってどうでもいい話だった。

グリマルディのベオグラード到着三日前に彼女は指令を受けた。確実かつ効果的にそれを執行するということだけを願っていた。アンカは、書類に記載されていた最重要情報を暗記し、プリビチェヴィチの封筒を机の上に戻した時に、自分は大佐の良き兵士だと自覚した。

グリマルディが部屋を予約した宿屋は、ヨヴァン公通りにあった。それは二本のクルミの古木の樹冠に覆われた世紀初頭の三階建ての建物。

石の柵に囲まれ、一九一五年夏の市内中心部、大規模補修工事で通りを石畳にした際に保存されたクルミの木である。オーク材製で金属飾りのついたどっしりとした玄関ドアの正面に、淡緑色の漆喰上塗りが施され、看板が取り付けられていた。