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「シラサギの巣は……」多佳がドキドキしながら押し殺した声で合言葉を言うと、
「向こうの山に越してった」と襖の向こうで晴が小声で答えた。
「やっぱり、何か変よ、この合言葉」多佳がため息をついた。
「いいじゃない。叙情的じゃない。文学的よ。私が書いた新体詩よ。“白鷺は旅立っていった巣跡はさびしく残っているだけど白鷺の行く末を私たちは祝おう……”。いい、シラサギがいいのよ。カラスじゃ詩にならないわよ。……それはそうと、美津さん! 籠城のための食料を買って来ましたよ」
「でも、少し大げさすぎるわよ」と多佳はあきれた。
「何をおっしゃいます。籠城にはこれがいちばん大切じゃないの」
「でも、結局お菓子ばっかじゃないの」
「待ってよ。あなた方、本当にここに立て籠るつもり?」美津があわてる。トメを守ろうとするのはともかく、こんなことになるなんて聞いていない。
「事態はここまで切迫しているの」晴は、美津の目をじっと見つめた。
また誰か、襖を叩いた。多佳が近寄り合言葉を言った。
「シラサギの巣は……」
「向こうの山に越してった」
喜久が思いつめたような顔で入って来た。この部屋にまた、とんでもないものを持ってきたのだろうか。
「美津さん、おかげんどう?」
「どしたの? 暗い顔しちゃってさ」
「美津さんにこんなこと、お願いするなんて、本当に申し訳ないんだけど……」
「だから、何?」
「……匿まって、ほしい人がいるの」
「えっ、また?」
「ごめんなさい。安心してお願いできるのは、ここしかないのよ」
「トメさんのことだって、どうにかやっと、ごまかすことができたのに……」
「匿まうって……まさか……」晴は目を輝かして尋ねる。
「紅林先生たち」
「たちって……」晴は叫び出しそうなのを抑えて言った。
「紅林先生……私困ってしまって。紅林先生からもお願いします」
紀子と木島が部屋に現れた。