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柚木は無花果が好きだ。干した無花果も好きだが、やっぱり生で食べるほうがおいしいと思う。秋頃、スーパーや八百屋の店先に出回るようになると、絶対に買う。もちろん自分のために。

無花果はポピュラーな果物ではない。郷田家では、そういう特殊な物は出さないようにしている。郷田家に勤めはじめて最初の頃、季節物は喜ばれると思って得意げに食後に無花果を出したら、「味が薄い果物は好きじゃない」と言われてしまった。

旦那様の味覚は、子供の味覚に近いんじゃないかと柚木は思っている。ミートソーススパゲッティ、おろしハンバーグ、カレー、そういったものを好むようだ。

娘の華が何を好むのか、柚木には皆目見当がつかない。最初の頃、食べ物の好き嫌いを訊いたら、「なんでもいいです」という答えが返ってきた。その割に、全部きれいに食べたためしがない。料理にまったく手をつけないことも多々ある。思春期特有の気紛れかと思い、柚木は何も言わないことにした。残った食べ物は捨てるか、冷蔵庫に保存する。

家政婦は基本的に家の主人の言う通りにしていればよく、必要以上に関わるべきではない、と柚木は思っている。深く関わったがために、トラブルに巻き込まれてしまった仲間を彼女は知っている。

旦那様はゴウ建築会社の社長をしている。だが他にもいろいろやっているようで、家政婦協会のチーフから初めにざっと説明されたが、あまりにゴチャゴチャしていて覚えきれなかった。

同じ家政婦仲間の一人に、「あなたんとこの旦那様、コングロマリットのお偉いさんだそうじゃない」と言われ、柚木は首をかしげたものだ。コングロマリット? 初めて聞く単語だった。

家に帰ってカタカナ語辞典で調べてみると、複合企業、とあった。柚木は納得する。複合企業。確かにいろいろ手広くやっていそうだ。だがたいてい家政婦を雇うような家は、社長や医者などハイクラスの人が多いので、特に珍しいことではないと柚木は思う。

屋敷は確かに大きい。まったく掃除のしがいがある。旦那様はなかなか感じのいい人で、柚木はホッとした。何より口うるさくないのがいい。

ほとんど家にいないし、家の中のことにまったくといっていいほど関心がないようだ。

それは一人娘の華も含めて。