お世辞にもこなれた訳文とはいえないが、それはさておき、現在のような金融資本主義ではなく、「一五世紀から一九世紀」にかけてイングランドに出現し発展した経済システム、初期資本主義が個人主義を強めたとドーアは言っているのだ。では日本ではどうか。彼はこう続ける。
《しかし、日本のような後発国においては、個人主義がこのように長い時間をかけてゆっくりと育成されていく過程は発生しなかった。日本は封建集団主義から企業集団主義へと一気に突入した。財閥企業がきわめて急速に先導し、支配し、そして日本の産業化パターンを設定した。自由で独立的な小企業資本主義時代は、日本では短命に終わった。(中略)日本では競争市場、小規模企業、大規模自営業が盛んであった中間期は短すぎ、個人関係の価値及びパターンが、再構築されることはなかったのである。》
ドーアは「小企業資本主義」時代が日本では短命であったから個人主義が強くなることがなかったと言うのだが、そうだろうか。まず、かれのいうような「小企業資本主義」時代は日本には存在しなかった。
「短命」であったわけではなく、そもそも存在しなかったのである。日本だけでなく、イギリスを除けば世界中のどこにも存在しなかった。日本で個人主義が強固になることがなかったのは、資本主義の発展うんぬんよりも、先に述べたように日本がキリスト教社会ではなかったからだ。
もちろん、ドーアも指摘しているように、個人主義と資本主義の発展には密接な関係があって、土地をはじめとする生産手段の私有など個人の経済的自由が優先されなければ資本主義は発展しない。