一

私の目から涙が流れだした。この人は、こんなにも辛い孤独を一人で堪えてきた。なのに、いつも明るく、快活に振る舞って……。

こんな暗い過去を背負いながら、信じられないくらい美しい絵を描き、私なんかのために、美味しいご馳走を作ってくれた……。これまで、自分の家庭だけが、いびつで苦しいと思い、おごった気持ちできた事を恥ずかしく思った。

彼に対して、同情は全く感じなかった。むしろ、畏敬の念にかられ、彼が崇高に見え、自分でもわからないけれど、自然と涙が頬をつたった。私はしばらく黙って、彼を見つめた。

「……すまない。つまらない話をしてしまった。……せっかくのお祝いなのに、僕はバカだな」と言って、神矢は両手のこぶしで自分の頭を叩いた。

「私こそ、軽々しく涙なんか見せちゃってごめんなさい。自分を責めないで。変な言い方だけど、話してもらって、私、うれしいわ。貴方の事、ずっと、知りたかったから……」と、私はナプキンで涙をふきながら、静かに言った。

「初めて逢った時から、不思議な気がしてたけど……僕達は何か似ているね」
「そうね……」

私達は、しばらくお互い黙っていた。テーブルに飾られたカサブランカが、むせるように香っていた。

そう、真っ白で無垢なあのカサブランカの香り……あの甘く切ない、意識を遠くに飛ばしてしまうような強い芳香のせいだ。私は、不意に強い衝動に駆られて、自分でも予想していなかった事を口にした。